· 

FLASH5月26日号 説法53「「小室親子」と金と恋~金はかすがい~」

「小室親子」と金と恋~金はかすがい~


タッチ&ゴー宣

(前編)

《収録参加》

皿:皿うどん

え:えみりん

カ:カレーせんべい

  

《収録日》

2021年5月26日

 

《司会・編集》 

皿うどん 

 

FLASH5月26日号

よしりん辻説法 説法53

 

「小室親子」と金と

金はかすがい

 

≪暴走の前編≫

 

カ:眞子さまと小室圭氏へのバッシングの理不尽さに腹が立って、腹が立ってたまらんのですが、今回のよしりん辻説法は、ギャグを混ぜながらこの騒動を鋭く斬っているという回でしたので、めちゃくちゃ面白かったです!

 

 

え:そうですね。

 

 

カ:『小室母子・・・民間人がこれほどまでにマスコミ・大衆に名誉棄損されたことってないんじゃないか?』と述べられていて、ハッとしました。全くその通りだと思いました。

 

 

え:犯罪を犯した訳でも無いのに酷いバッシングですよね。

 

 

カ:ここまでの名誉棄損を法が許しているのはなぜでしょう? その時点で、日本は法治国家ではないと思います。

 

 

え:確かに。

 

 

カ:クチでは伝統だの公だの言っても、所詮は「誰かをバッシングしたい欲」を剥き出しにしているに過ぎない。そういう日本人の本性を見せつけられると、私の中で愛国心が消滅していく感覚になります。

 

 

え:愛国心ですか?

 

 

カ:家柄のこと、生い立ちことを言い立てて「お前はふさわしくないから結婚するな!」とか「一時金は税金なんだぞ!」とか居丈高に言う日本人を目の当たりにすると「お前は一体何様やねん」と思います。「その気色悪い思考回路は一体何なんだ?」と思います。

 

 

え:「結婚したい」と思い合っている二人を引き裂こうとするのは異常ですね。

 

 

カ:今回の辻説法で頷いたのは『根本的なことは、眞子さまは自分で選んだ男となら不幸になる自由もあるということだ!』という考え方です。

 

 

皿:『幸福になることしか許されないなら、それは自由ではない! しかも皇族であることが幸福かどうかも分からないのだ。』と続いてますね。

 

 

カ:私がこれを言うとちょっと・・・ゴー宣読者さんに怒られるかもしれないけど・・・。

 

 

皿:なんでしょう?

 

 

カ:眞子さまは女性宮家の当主になることは望んでおられないと思います

 

 

え:なぜですか?

 

 

カ:小室圭氏との婚約内定の記者会見の時に「幼い頃より結婚をするときは、皇族の立場を離れるときであるという意識を持って過ごしてきました」と仰っていたからです。この発言がある以上、仮に女性宮家を創設できたとしても、眞子様に選択して頂く必要があると思うし、当主になっていただくことを強制してはいけないと私は思います。正直に言えば、私個人のイデオロギーとしては「眞子様には女性宮家が成立するまでは、なんとか結婚を引き伸ばし、宮家の当主になって頂きたい」と考えていました。でもそれは眞子様の御意思に反する考えだったと思っています。

 

 

え:うーーん。

 

 

カ:私は「皇統の安定性」という政治的意見から女性宮家の創設を賛成していたんです。だけど今の小室母子と眞子様に対するバッシングを見て、その思いがグラつきました。「天皇制が続いたとしても、これから先、ずっとこんなことが繰り返すんじゃないか?」という疑念がどうしても取り除けないんです。皇族の方々がまるで生贄のように見えてしまって、それが気の毒でならない。たとえ天皇制が日本の秩序を保つ歴史の智慧だとしても、皇族という「生贄」を捧げることで国家を安定させようとしているのが天皇制の本質であるならば、私はもう嫌なんです。

 

 

え:だったらカレーさんは天皇制反対なんですか?

 

 

カ:「はい」と言いたくなる。小室氏へのバッシング騒動を見て、そういう気持ちに傾いています。だからもうゴー宣読者の皆様とは意見が合わないというのは自覚してます・・。

 

 

皿:「皇族であるからと言って幸福であるとは限らない」というのは、三笠宮崇仁親王の発言にもありましたよね。「赤い宮様」と渾名された方でしたが、皇族であるという御身分に物凄く不自由を感じておられたというエピソードがゴー宣でも描かれていました。天皇陛下も皇后陛下も上皇陛下も上皇后陛下も「無私」の方で、他の皇族の方々も、一般の庶民よりも遥かに強く「私」を滅して生きておられる方々が多いと思うんですけど、本音のところでは、心の底から「皇族として生きたい」と思っている方は誰もいないんじゃないかと想像してしまいますね。だからこそ、国民の側の「やっていただいている」という思いがあってこそ成立するものだと思うんですけど、国民の側が手前勝手になり過ぎなんですよね。

 

 

カ:その上皇陛下は、生前退位の御言葉の中で「国民と共に歩めたのは幸せなことでした」と仰っていましたが、それは上皇陛下の本心からの言葉だと伝わってきました。今上陛下もそういうお気持ちだと思いますし、秋篠宮殿下もそうだと思いますが・・・、そもそもそれは理不尽な片思いですよね!なぜなら国民の方は全然それに応えていないんだから!国民の方は恩知らずであり、恩を仇を返しているような状態ですから。秋篠宮殿下は眞子様の結婚に対して「国民に祝福される結婚であることを望む」と仰りましたが、それは秋篠宮殿下が国民を信頼していたからですよ。ところがその国民の方は全く理不尽な八つ墓村的感覚で「祝福しない」って決めてるんだから!

 

 

え:うですね。

 

 

カ:私だって「小室圭さんはちゃんと身を立ててから眞子様と結婚した方が良い」とは思っていたんですよ。「職に就いていない今は時期尚早に思う。お金を稼ぐようになって、眞子様を養えるようになってから結婚するのが良い」とは思ってたんですよね。そしてその時期が来たら、小室圭さんが努力した分だけ何倍も祝福しようという気持ちでいたんです。だけど国民のバッシングはそんなレベルじゃない。今回のバッシング騒動で日本人の醜さを確信しました。この日本人の醜さが20年後、30年後にガラッと改善されるとはどうしても思えません。天皇制が続く限り、皇族の方々は生贄のような仕打ちを受け続けるのだと思うと絶望します。

 

 

皿:バッシングをしていた大衆の身勝手さというか無茶苦茶さは、何十年も前からずっと変わっていないとは思うんですけれども・・・。それがコロナ禍、インフォデミックで、より加速されてしまっているという気はします。

 

 

カ:それでは小室氏に対するバッシング騒動は今だけの気狂いなのでしょうか?私にはそうは思えない。これこそが日本人の本質だと思います。

 

 

皿:いや、今だけの気狂いじゃなくて、それまでは理性が蓋をして裡にあったものが、ブワーッと出てきてしまっていると思うんですよ。何十年も昔から勝手なことや理不尽なことを言う大衆はいたんだけれども、ブレーキが効かなくなってしまっているような気がしますね。

 

 

カ:昔から醜悪ならば、きっとこれからも醜悪でしょう。もう嫌やわあ・・・。もうやめにせえへんか?もう嫌やわあ・・・。

 

 

皿:だから、よしりんも「価値の順列」として、まずインフォデミックを何とかせんといかんとお考えだと思います。このままだと、もし皇統が続いたとしても「畜群の象徴」にされてしまいますから。さっきカレーさんが言っていた、上皇陛下や今上陛下が、物凄くポジティブな思いで御公務に励まれて、それを「幸せなこと」とまで仰っていても、国民の側に「やっていただいている」という有難く思う気持ちが全然なくて、思いがつりあっていないというのが一番の問題ですよね。この状況では「皇室を戴く資格がない」ということになります。だからこの状況でもしも皇室が途絶えてしまっても、勝手なことばかり言っている大衆はそのことにどうこう言う資格もないし、皇統が途絶えてしまったら日本は今までの日本じゃなくなってしまうだろうけれども、この歪な状況が変わらない限りはどうしようもないなというところまで来てしまっています。

 

 

カ:【天皇論 平成29年】の一番最後では「『日本国民は天皇を戴く資格があるのだろうか?』と問題提起をされました。そして令和3年。「日本国民に天皇を戴く資格は無かった!」と結論付けちゃダメなのかな? コロナ騒動や小室氏へのバッシングで、私はそのように感じてしまった。それともそれは早計なのかな?

 

 

皿:カレーさんのその気持ちは分からないではないんですけど・・・。小林よしのりのファンとして語るならば、【新・堕落論】ですよね。日本人はもう堕ちきるところまで堕ちているんだけど、そこから底が見えないまで堕ちていくんじゃなくて、浮上していくという道もある筈で、浮上させないといかんのじゃないかっていうところに繋がってくるんじゃないのかなと思うんですよね。だからそれくらい危機感を持てということですよね。

 

 

カ:確かに私の意見は無責任な態度かもしれないけれども、堕落は「底無し」だと思う。そんなものに引きずり込まれる皇族の方々をこのまま放置していいのか、ちょっと悩んでしまったんよなあ。眞子様には女性宮家で皇室に残っていただくよりも、子供の頃から描いていた通り、結婚して民間に下っていただく方が眞子様にとって幸せなことじゃないのかな? 何なら渡米して日本を離れるという道だってある。とうとうそんな風に思ってしまっているんよね。今。

 

 

皿:眞子さまご本人のことを思えば、眞子さまがお決めになることに反対する権利はないですからね。

 

 

カ:渡米して、向こうのメディアでなんでも暴露したっていいんじゃないかな? 日本国民にはそれくらいのことをされているよ。

 

 

皿:それをやると皇室にも小室さんの親族にも迷惑がかかると思っているから、しないんでしょうけれどもね。

 

 

カ:「復讐する権利」すら無いなんてどこまで気の毒なんだ! 私の人生、もし復讐心を取り上げられたら、生きてはいけなかったと言うのにぃ!!

 

 

え:まぁそれはそれで特殊だと思いますが(苦笑)

 

 

カ:そうか(笑)

 

 

◆◆◆

 

 

皿:今の国民は「皇室を戴く資格がない」と思うんですけれども、大切なことは、それをもう一度「皇室を戴く資格のある国民」に引き上げることができるかどうかだと思うんです。

 

 

カ:もう無理だと思う。これはニヒリズムでしょうか?

 

 

皿:いや、でもそれはコロナに関してもそうですよね。NHKの世論調査で日本人の98%がコロナ脳という風に出てしまっている訳ですからね。これはアンケートを取った対象でですが。でもこんな状況をこのままにしておける訳も無いし、小林よしのり先生は何とか覆そうとしている訳ですから。だから皇室に対するバッシングにしても、それと似たような感覚でいます。

 

 

カ:例えば自虐史観が蔓延していた時には「次の子供らのために!」「正しい歴史観を継承するために!」「左翼と戦って真実を取り戻すんだ!」という戦う意思がグツグツ沸き上がってきたのですが、今の皇族に対するバッシングを見ていたら「未来の子供らのために、皇室と国民が相思相愛の関係である状態にするのだ!」という戦う動機は湧きつつも、一方では「その子供らも大人になったら、皇室をバッシングする側になってしまうんじゃないか?」と思ってしまう自分もいるんです。

 

 

皿:カレーさんがそこまで言うのなら、もうカレーさんとは考えが違ってくるのかなって思います。

 

 

カ:私が間違っていると思います。おそらくニヒリズムに陥っているのでしょう。それでは一体どのように心を持てば良いのでしょうか?

 

 

皿:「次の子供らのために」と言うところまでは同意なんですけれども、「その子供もいずれはバッシングするような大人になってしまう」と決めつけるのは違うと思います。それは今の大人たちにかかってくるんじゃないのかなって思うんです。

 

 

カ:その通りですね。でも美智子さまをバッシングした時から、今も、ずっと変わってないわけです。

 

 

皿:だけど上皇陛下の生前退位の時は、陛下の御意思に反対する心無い勢力がいた中で、陛下の御意思通り、生前退位をされるまでになりましたからね。勿論、陛下が自らメッセージを発するまで、状況をこのままにしてしまっていた国民の側もダメなんですけれども。

 

 

カ:具体的には”ゴー宣道場”を筆頭に上皇陛下の御意思を尊重する人たちの尽力のおかげではありますが、そのキッカケとして、陛下のメッセージによって国民が一丸になれたのが大きかったです。だけどその上皇陛下とて、皇太子時代は散々言われてたし、平成の始めは、やっぱり心無いことも言われていたんですよ。天皇としての30年の歩みがあってこそ、お言葉は重く、国民は心から受け入れたのだと思います。そうなると逆に「皇族はみんな上皇陛下ほどの努力をせなアカンのか!?」ということになりますし、愕然とするわけです。

 

 

皿:確かにそれは大変なことですね。

 

 

カ:「だから国民の側がもっと努力して、皇室に敬意を持つような国民に生まれ変わろう」と考えるのが正しいことだと思います。しかし、具体的にどこから手を付ければいいのか・・、私には全く見えない。そうしている間にも皇族の方々がデタラメに理不尽に傷ついていくと思ったら、耐えられない。

 

 

皿:みんなカレーさんくらいに皇室の方々一人一人のことを思いやってくれればいいんですけどね。皇族の方々の辛さ、キツさをみんな思いやってくれればね。そうすれば勝手なことを言えなくなってきますよね。こんなキツい思いをしている人に、何でこんな勝手なことが言えるんやってなってきますからね。

 

 

カ:そもそも村八分やバッシングを楽しんでしまう日本人の国民性を変えることはできるのかな? 日本人の八つ墓村的な性癖に最も被害を受けやすいのが皇室のような方々だと思う。50年経っても、100年経っても、皇室への無礼は変わらない気がします。一方で上皇陛下の生前退位の時の「天皇として大切な国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは幸せなことでした。」というお言葉が心に突き刺さります。国民はさんざんバッシングを楽しんだくせに、それすら全て忘れてお祝いムードでワッショイワッショイになったり、「なんやねんおまえら!!」って話ですよ。

 

 

皿:めっちゃ勝手やなと思いますね(苦笑)

 

 

カ:復讐しないと気が済まない。って発言が反日になってきたね(苦笑)「よしりん辻説法」の感想座談会のはずが、怒りと虚無で暴走してしまって申し訳ございません!

 

 

皿:気を取り直して、今週の「よしりん辻説法」の感想を中心に楽しく語り合っていきましょう!

 

 

え:ここからは仕切り直しということで。

 

 

明るく楽しい後編

後日配信


コメント: 4
  • #4

    今にも落ちて来そうな空の下で (出張編)by デー丸 (木曜日, 10 6月 2021 23:04)

    夫が妻に(妻が夫にでもいいけど)DVを行っている。そのDVは妻を失声症や適応障害に追い込んできた。妻へのDVは形を変えて今も行われている。そして当分の未来においても続いていきそうな気配だ。最近は娘が連れてきた婚約者にも難癖をつけて、結婚を認めようとしない。DVとは言えないかもしれないが、モラハラってやつだろうか。そんなDV夫やモラハラ父でも一緒にいたいというならしょうがない。しかしなにやら悲鳴が聞こえてくる。何か事情があるのだろうか、はっきりとした意思表示は出来ないようだが悲鳴が聞こえてくるのだ。その悲鳴は直接聞こえてくることもあれば、ビデオや和歌を通して婉曲に伝わってくることもある。はっきり「助けてくれ」と言っているわけではないが、「助けてくれ」と言っているように思える。

    そんな時に「まあまあ、なんだかんだ言ってもあのDV夫は心の奥底では妻や娘を愛しているんだから我慢してやれよ、この先ずっと我慢してやれよ、手を変え品を変えDVは続くだろうけど我慢してやれよ」という態度でいいのだろうか。私デー丸は考える。「もはや我慢する必要はない」と。国民の奥底にある素朴な敬愛心なんぞに期待するような「ウブ」はもうやめたほうがいい。もうそういう段階ではないのだ。あきらめるとかあきらめないとか、もうそういう段階は過ぎている。「ウブ」は卒業しよう。かすかに聞こえてくる悲鳴が目を逸らしようがない悲劇に変わる前に。

    ながらく「皇族解放論」はリベラルの側から唱えられてきた。しかしフェーズは変わった。いよいよ保守の側から「皇族救出論」を提出すべき時代を迎えつつある。

  • #3

    デー丸 (月曜日, 07 6月 2021 00:08)

    皇族がこれほどメディアやSNSに晒されている時代は(当たり前だけど)歴史上初めてなわけで。その不自由さ・窮屈さは想像を絶するストレスだと思う。結局人身御供が饗されるまで「堕落」は止まらないんじゃないかな。皇族の中で誰かが自殺するような事態になってようやく天皇制終了も含めた議論が始まるんでしょうか。あるいは今上陛下は既に穏健な自然消滅を視野に入れているのかもしれません。その場合、私デー丸は「承詔必謹」であっさりそれを受けいれましょう。皇族に自殺者を出してでも天皇制を維持するか、自殺者が出る前に天皇制終了を模索するか、迷い無く後者を選ぶ私を誰か説得してみせておくれ。

  • #2

    和ナビィ (日曜日, 06 6月 2021 10:17)

    ≪暴走の前編≫とな?!
    座談会の文面をスクロールしただけでもいつもより漢字がいっぱい、ズシンと重グルジイ;印象・・。

     大衆の小室母子バッシング狂騒の理由を、醜悪な「差別心」と見破り、眞子様と小室氏の誠実さに満ちた恋を描く。歌に託した眞子様の想い---まさに皇室の御方らしいたおやかさ・深さ・強さに溢れていて打たれます。

     カレーさんの湧き上がる怒り、それが大衆(将来にまでわたっての?!)への絶望感に暗澹としてきます。その悲憤に、いちいち「そうだよな・・・」と感じてしまうからです。

     し・か・し・です。週刊誌やゴシップテレビで何の痛みも感じないままに騒ぎ立てる「大衆」とは違う「国民」が、実は日本の底をずうっと覆っているのではないかという気がしてならないのです。
     普段意見表明もしないままごく普通に暮らし、災害に遭って苦しむこともあり、正月や季節の祭りを祝い、農作業や様々な仕事に勤しむ人々。≪無意識の中に天皇陛下・皇室の御存在を戴きながら悲喜こもごもの日常を送っている庶民≫がどんなにたくさんいることでしょう。
     震災の頃、苦境に陥ったある方々がどんなに「天皇様・皇室の方々がいつも忘れずに見守って下さっている」を心の支えにしておられたかを目の当たりにしています。

     このコロナ禍、圧倒的なインフォデミックの中にあって、ご著書ばかりか、テレビに対抗!して毎週!!「オドレら正気か!?」放送をあんなに面白く放送し続けておられるよしりん先生の御姿勢。それは【決して諦めない・できること精一杯やったるぞ・ふてくされない・投げない。工夫し尽くして楽しませながら伝えちゃるぞ!】です☆。
     そんなことアルパカ!が駆け回り、ダックス憤怒がついにドでかいマックス憤怒になって吠えても、力ない「ウンザリガニ」や「やんなるクイナ」の出る幕はありません。

     座談会後半☆、楽しみにしてますよー(^-^)9。

  • #1

    デー丸 (土曜日, 05 6月 2021 00:14)

    自分はカレーせんべいさんとほとんど全く同じ感覚です。天皇制が日本人の国民性を形作っているなら(そう思ってるんですが)、日本人の国民性を変えたければ天皇制をフェイドアウトさせるしかない。天皇制を持続したまま国民性が変わるとしてもとてつもない時間がかかるでしょうね。その間、皇族方を生贄にし続けるわけにはいかない。自分はもうほとんど天皇制終了に傾いています。

    よく「天皇制が無くなったら日本が終わる!日本が日本でなくなる!」みたいな言い方がありますが、そういう物言い自体が天皇に対する甘えですからね。