北海道新聞社説「こどもの日に だれしもが幸福な未来を」

 

投稿者:ひとかけらさん

  

5月5日北海道新聞社説。

こどもの日にだれしもが幸福な未来を。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/677195

 

意見広告を載せた時から北海道新聞を注視してますが、どうやら「こども」の味方のようです。

 

何故かと言うとワクチンは子どもに打てと書いてないし、マスクについても子どもに着用させることへの危険性を書いてました。

 

記事にあるように子どもの未来を守るために社会全体で支える必要がありますね。

 

久しぶりに胸がすく記事でした。

 

(管理人カレーせんべいのコメント)  

 

お言葉ですが・・・(井上正康風w)

 

私は、北海道新聞は「子供の味方」だと、評価することは”まだ”できません。

 

 

いや確かに、今回の社説を読むと、子供を最優先に考えている文章です!

 

「胸がすく社説」というのも同感です。

 

 

しかし『子供のことを考えた結果が「コロナ感染対策」』ということが十分にあります。

 

「子供のために」をスローガンにしておいて、やってることがアベコベだったら、どうにもなりません。

 

スローガンと行動が一致していないケースなど山ほどあります。

 

 

そう考えると、北海道新聞が子供の味方だと、信用することは”まだ”できないです。

 

 

(北海道新聞を信用できないエビデンス)

 

◆2022年4月2日:北海道新聞「感染増は人流が活発化したから」「若年層のワクチン接種が不可欠」

 

◆2022年4月2日:北海道新聞「子ども2回接種で入院予防効果68%」

 

◆2022年3月21日:北海道新聞の社説「ワクチン3回目の接種加速とともにPCR検査の徹底をして感染者の早期発見が大事」

 

◆2022年3月5日:北海道新聞「子ども接種 道内開始」 

 

◆2022年3月1日:北海道新聞、3月1日のコロナをテーマにした別刷り編集特集

 


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コメント: 5
  • #5

    ひとかけら (金曜日, 06 5月 2022 19:08)

    2022年4月2日若年層の接種が不可欠の記事ですが、議論の分かれる子どもは除いても若年層の接種が不可欠としていて、どうも北海道新聞は子どもと若年層を分けて考えているように思えます。そして2022年2月9日の夕刊では保育園児のマスクについて疑問を呈する専門家の記事があります。しかしながら、その他の記事を見る限り子どものワクチン接種について辞めるような記事はないですね。まさしくスローガンと行動が合ってません。もっと言えば支離滅裂です。私の底の浅い記事の読み方で大変ご迷惑をかけました。申し訳ございませんでした。

  • #4

    大平原インデアン (金曜日, 06 5月 2022 10:58)

    私も道民なので、北海道新聞に期待したい気持ちはあるのですが・・・
    私はこの社説を読んで逆に失望しました。

    【社説より抜粋】
    解決すべき問題は山積する。弱い立場にある子どもを守るためにあらゆる対策を急ぐべきだ。
     悩みを抱え込み孤立しないようSOSの出し方を教えることが重要になる。周囲の大人が様子に目を配り、耳を傾ける必要がある。
     教員不足を解消し、スクールカウンセラーや相談窓口の拡充を急ぎたい。児童相談所などの行政機関、子ども食堂を担うNPOなど官民の連携も不可欠だ。

     これは根本的な今のコロナ対策(マスク、学校行事や授業の制限)を容認した上で、それをフォローする対策をと言っているだけのように読めます。緊急事態制限で困っている飲食店や労働者にに十分な補償をというのと同じですね。

    終戦記念日によく掲載される「戦争の無い世界を」という社説と一緒で、空虚な印象しか抱けませんでした。

  • #3

    T.G (金曜日, 06 5月 2022 03:48)

    カレーせんべいさんに同意。たけし社長の意見広告載せた次の日にワクチン推奨をしている新聞がいっぱいいたし、コロナ論の広告載せるのに、意見広告は載せない全国紙を見てると、結局金儲けしか考えていないマスコミが第一権力になってるのが大問題。

  • #2

    ただし (金曜日, 06 5月 2022 00:17)

    北海道新聞さまへ、感想を送りました。


     5/5付の配信記事を読みました。
     まず、コロナ禍明けも見え始めた時期に、その一番の被害者であり弱者である子供たちにスポットを当て、問題提起する、良質な記事を掲載下さり、感謝致します。
     どうもありがとうございました。

     コロナ禍では、日本の弱者層を救済するシステムの脆弱さが、白日の下に晒されたと思っています。記事にある国際的な機関の調査結果でも、日本の子供たちの置かれた状況が、憂慮すべき事態にあることは明らかです。
     何故、そうなってしまったかと、自分なりに考えました。
     1つは、公共性が著しく失われてしまったこと、もう1つは、その公共性自体が歪んだものになってしまったことが挙げられるのではないかと考えました。

     1つ目に関しては、新自由主義・グローバリズムの浸透により、自分のことだけを考えるのが普通だとの認識が、常識とされてしまったことが、一番の原因かと思います。それは日本的良識を破壊するものだったのではないでしょうか。

     2つ目は、本来、公共性とは国ごとに違っていて、その国独自の習慣・文化・常識があり、それを自分たちの手により守ることで、同胞意識・仲間意識が芽生えるものと考えます。その守る術の根幹を成す重要なパーツ・国軍を持たないこと、自分の身を米国という他者に委ねてしまっていること、ここに歪んだ公共性の要因があるのではないかと思っています。
     そのような状態の国であれば、イジメに対する倫理観も育たないのではと懸念致します。

     この度は、考えるきっかけを与えて下さる記事の掲載を、本当に、どうもありがとうございました。

  • #1

    リバチー (金曜日, 06 5月 2022 00:11)

    そうですよね。スローガンとやる事が離れる事はありえます。
    ワクチン接種も相手の事を想って、ワクチン脳の人は勧める。我々は相手の事を想い、ワクチン接種を防ぐ様に勧める。相手への想いはどちらも一緒。なら答えが出る将来にならないとどちらが正しかったのか分からない。
    しかし、このワクチンが危ないと知った以上、防がないと将来健康に大ダメージが出た場合、防げなかったと後悔して自分を責める事になるから厄介だ!
    結局、今の自分にできる事を精一杯やるしかないな~