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美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」

 

投稿者:ポコ太郎さん

 

美輪明宏さんの名曲「ヨイトマケの唄」をご存じでしょうか?

 

 

日本歌謡史上、一番素晴らしい楽曲の一つだと思います。多くのアーティストがカバーをしています。桑田佳祐・槇原敬之・米良美一・泉谷しげるなど、錚々たるアーティストが尊敬している歌!数年前の紅白歌合戦では、華やかさを封印し、真っ暗な中で美輪さんが熱唱した姿を思い出します。一番下にYouTube動画を貼り付けていますので、ご覧になってください

 

 

1960年代、当時は自分のイデオロギーや信念を歌に込めたり、働く人の歌、反戦歌などは世の中になかったそうです。そのころ美輪さんはシャンソンやメケメケなどの華やかな歌を歌っていたそうですが、ある手違いで九州の炭鉱の公民会でコンサートをすることになりました。そこでは貧しい炭鉱夫がかけなしのお金を払い、煤で真っ黒な身体でむしろの上にびっしり座って歌を聴いてくれたそうですが、美輪さんはそのお客様を見て、着飾っているだけの虚像の自分が恥ずかしく、居た堪れなかったそうです。そこで、そんな労働者のための、この人たちを励ますための歌を作りたいと考えました

 

 

そこで、戦前の長崎にいたころの小学校の時のことを思い出しました。戦前の低学年のときに父兄会(今でいう参観日)があり、どの親も着飾ってくるなかで、一人遅れてきたお母さんは、小柄で足が悪く、薄汚れたモンペ姿で頭には姐さんかぶりの手ぬぐいを巻いていたそうです。着飾った親の中で一人異様な出で立ちだったのですが、どの子の親なのかと気になっていたら、一番勉強のできない、いじめられっ子の男の子のお母さんでした。そのお母さんは父兄会の途中に鼻を垂らしていた息子の鼻水を口で吸って、窓からペッと吐き出したので、周りの人は眉をひそめていたのですが、美輪さんにはその姿を見て、そのお母さんが自分の子どものことだけを考えている神々しい阿弥陀様に見えたそうです

 

 

美輪さんは成績優秀だったので級長をしていたのですが、そのいじめられっ子をクラスでかばい、何度か一緒に帰りました。その道中で、いじめられっ子のお母さんが工事現場で働いている姿を見つけました。お母さんは足が悪いため、周りの現場作業者から「邪魔だ!」「辞めちまえ!」「足手まといだ!」と言われていたようですが、息子の姿を見ると、シャンとして胸を張って心配いらないという佇まいでいたそうです

 

 

ある日、そのいじめられっ子の男の子が、お母さんにいじめられていることを言おうとしたのですが、お母さんの働いている姿を見て、学校に戻ると言ったそうです。また、ある日は、お母さんは息子がいじめられていることを聞き、「人間、一番偉いのは、ケンカが強いことじゃない、金持ちでもない。一番偉いのは、正直でお天道様の前で指をさされない、胸を張って生きることが一番偉い」ということを話され、美輪さんはすごく感動したそうです

 

 

それともう一人。ロシア兵に両親を目の前で殺され、一人で本土に引き上げてきて、廃品回収をしているおじいさんに育てられた少年と知り合いました。彼は当時大学生でしたが、彼は中学の時におじいさんが亡くなり、遺体を焼き場にひとりでリヤカーに乗せ、運んだそうです。その男の子は亡きお父様が技術者だったので、自分もそうなりたいと言っていました。しばらく付き合いが途絶えていましたが、久しぶりに銀座三越前で声を掛けられ再開しました

 

 

男の子は、今は大学を卒業して、現場監督をしている。エンジニアになろうと思っているが、まずは現場でネジ一つから覚えないとエンジニアになれないから、いまは現場監督で頑張っていると。それを聞き美輪さんは感動し、お友達数人とその男の子を家に呼んで、お赤飯を焚き、お祝いをしたそうです。そうするとその男の子は大泣きしたそうです。生まれて初めて自分のことを祝ってくれる人がいたと号泣したので、みんなそれを見てもらい泣きしたそうです

 

 

それらの、貧しいお母さん、息子さん、技術者の男の子のことを思い出して「ヨイトマケの唄」は誕生しました

 

美輪さんは今90歳。

 

この昭和の宝物のような歌は我々で歌いつなぎたいと思いますね

 

 

美輪さんからの余談ですが、鼻水を垂らしていた息子さんの鼻を頭の手ぬぐいでなぜ拭かなかったのかを尋ねたら、お母さんは「手ぬぐいは商売道具だから、ほかの人に迷惑がかかる」と答えたそうです

 

 

《美輪明宏:ヨイトマケの唄》

https://www.youtube.com/watch?v=8NK9jtPyQdk&list=RDMM8NK9jtPyQdk&start_radio=1

 

 

 

(カレー千兵衛のコメント)  

 

「ヨイトマケの唄」が感動の歌であることは存じていましたが、

 

その誕生秘話、そして美輪さんにそのようなエピソードがあったとは知りませんでした!

 

 

魂と哲学が込められている歌こそ「名曲」ですね。

 

そして「ヨイトマケの唄」は『究極のラブソング』だと思います。

 

流行りの恋愛ソングとは比べ物にならないくらいに「愛」が伝わる。

 

 


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コメント: 7
  • #7

    ポコ太郎 (日曜日, 25 1月 2026 23:30)

    ♯5 惜春さん、ありがとうございます。ホンマに心の温かい、慈愛に満ちた聖母のような方だと察します

    ♯6 和ナビィさん、ありがとうございます
    そうなんですよね

    「ヨイトマケ」って、土地の基礎固めをするために、人海戦術の力技で、綱を引っ張ってオモリを土の上にドスンと落とす作業なんです

    そりゃ、当時は安全衛生の概念が未発達だったので、工事現場での死傷事故は本当に多かったと思います

    だから、怪我をしないように自己防衛を兼ねてみんなで声を合わせて作業をしていた。それがリズミカルな唄のようなものになったものです。指差呼称、指差喚呼と同じです

    ボクも工場のある会社なので、従業員が死傷しないように、いろんな策を取るようにしています

    たぶんこの歌のお母様が足を引きずっているのは、現場仕事でお怪我をされたのでは…

    しかし、家族のために自分が働くしかない。

    ♪♪苦労苦労で死んでった…で泣けてしまいますし、今頑張っている人々の背中を押してくれる応援歌になればいいですね

  • #6

    和ナビィ (金曜日, 23 1月 2026 19:57)

    本当に母親達が「よいとまけ」の作業をしている工事現場を見ていたことがあります。
    保育園の無かった地域に保育園が建つことになりました。日々の農作業も含め働く母親達が町に働きかけ運動してやっと実現したのです。
     まだ30歳前後くらいの若い母ちゃんは念願叶って喜びました。そして率先して勤労奉仕。今だったらローラーカーで一気にやるのでしょうが、基礎の地固めはドスンドスンと「よいとまけ」でしました。作業衣に姉さん被り、母ちゃんたちが綱を引いているのを子供達は興味いっぱいで見ていました。

     何か月かして保育園は完成しました。私はそこの第一回目の卒園生です。
     半世紀以上の歳月が流れ・・・保育園は統合され、今その場所は「児童館」になっています。

  • #5

    惜春 (金曜日, 23 1月 2026 15:29)

    知らないエピソードが聞けて幸いです。

    三輪さんは気高い方ですね。


  • #4

    ポコ太郎 (金曜日, 23 1月 2026 12:27)

    ♯3 グッビオのオオカミさん、ありがとうございます。この迫力ある演技、ボーカル、佇まい…全てが調和していて、心を震わす作品ですね。紅白歌合戦の演出も素晴らしいと思います

    我々が子どもの頃にはまだ貧しいご家庭も多かった記憶があります。しかし、高度成長期で一億総中流と言われ、そのようなご家庭は激減したのでしょうが、また今貧富の差が言われています。三度の食事にありつけない子どもがいてることも報告されていますね

    やはり景気が回復して、ある程度の普通の暮らしがどのお家もできるようになってもらいたいものです。そのためには、消費税引き下げも一つですが、円安回避の政策がいちばんの肝だと考えます

  • #3

    グッビオのオオカミ (木曜日, 22 1月 2026 21:07)

    すいません。
    動画の美輪明宏さんのあまりに迫力ある歌に本当に感動しました。
    また、この歌の創作裏話も背景が大変分かりやすくて良かったです。
    色々と便利な技術が氾濫した令和の日本ですが、この昭和の風景(恐らくこうした体験は語らないだけでたくさんの方が味わったものと察します)と、心情がよく伝わります。有意義な投稿、ありがとうございます。

  • #2

    ポコ太郎 (木曜日, 22 1月 2026 12:25)

    ♯1 タイガーライスさん、ありがとうございます。ボクも桑田佳祐バージョン好きです。桑田さんは何を歌わせてもいいですよねー

    この製作秘話は、美輪明宏さんが徹子の部屋にご出演されたときに話されていたのをYouTubeで観て、感動して書き起こしました。かなり端折ってますので、YouTubeを観たらもっと感動すると思います

    最後には美輪さんと黒柳さんのお2人でもらい泣きしながらの会話になっていました

    この名曲が当時なぜ放送禁止曲になったのか、確かに「土方」が差別語なのは分からないでもないですが、放送禁止にした人の感性を疑います

    その放送禁止曲を改めて世間にオープンしたのが桑田さんです。だから桑田さんは大功績者ですよね

  • #1

    タイガーライス (水曜日, 21 1月 2026 23:16)

    僕はサザンファンという事もあり、恥ずかしながら、桑田さんのカバーでこの曲を知りました(^。^)
    曲が作られた経緯を詳しく知らなかったので、興味深く読ませて頂きました。

    美輪さんなら『愛の讃歌』も素晴らしくて、よくYouTubeで観ています♪

    https://youtu.be/qZwFkwWs440?si=3YrYOvQxf-KST18-

    もちろんエディット・ピアフの原曲も良いのですが、桑田さん然り素晴らしい表現者がカバーする事で、歌詞や曲の良さがより明確に伝わる面はありますね。

    美輪さんの『愛の讃歌』も原詩では、一般的な岩谷時子訳より壮絶な愛を歌っている事がわかりやすく、歌唱もドラマティックで好きです!