投稿者:和ナビィさん
Kくんは小学4年生。家によく遊びに来る仲間の一人です。昆虫大好きで、カブトムシやクワガタを飼ったり捕虫網を手に草むらの虫を採っては見せに来ます。同じく昆虫が好きな3年生の孫と仲良しです。
ある夏の日、Kくんは小さめのカマキリを見つけ、虫かごで飼い始めました。エサはバッタやトンボ。生きたままのそれをかごに入れるとカマキリはジワリと近づいてきてワシッと鎌で掴んでバリバリと喰ってしまいます。Kくんは時々その虫かごを持って来ては、大きくなっていくのを見せてくれました。
秋になり、カマキリの腹はぷっくりしてきました。ある日「卵うんだよ!」----虫かごの上部に黄色くスチロール状になった固まりが付いていました。冬を越して来年の春、この中からワサワサと小さなカマキリが孵ってこぼれ落ちてくることでしょう。
卵を産み終えたカマキリはやがて枯れるように弱っていきました。Kくんは「死んじゃった」と持ってきました。そして「腹ん中どうなってるんだろう・・・切ってみよう。」とのこと;。
周りの子供達も集まってきました。生き切って次の世代を残した昆虫、---Kくんはハサミで腹を裂きます。皆興味津々でその手元をじっと覗き込みます。
スカスカの腹には湿った内臓が少しありました。
解剖終了。
Kくんは紅葉したドウダンツツジの根元にそのカマキリを埋め、墓標?として枝を一本立て・・なんと軽く合掌し瞑目したのです。
----その自然な仕草を見てはっとしました。
このカマキリは子供に多くの事を見せ、教えてくれ、その一生を終えました。来春に新しい命を繋げて。
(カレー千兵衛のコメント)
リアルで、感動的で、示唆に富んだドキュメンタリーです。
子供でも・・・、いや、子供だからこそ
「理(ことわり)」を直感したのかもしれないですね。
オレも負けてられないな。カマキリに。
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ポコ太郎 (火曜日, 11 11月 2025 12:29)
和ナビィさん、「一瞬も止まらない・変(替)わり続けて遥かな流れになっている」は易、易経の考え方ですね
「易」の解釈は3つあり、
①変易、変化すること
②不易、変化しないこと
③易簡、簡単であること
です
朝昼晩、春夏秋冬、月の満ち欠けなど、同じように変わりなく移り変わるけれど、一度として同じ状態はない。しかし、大きな変化の法則を理解すれば、これからどのような事態が起きるか簡単に見渡せるようになる
これは、自然だけでなく、動植物、人間の営みもすべてその法則で動いているという考え方です
「桐一葉 落ちて 天下の秋を知る」
秋の落ち葉を見て、政権が変わる大局、兆しに気づく人もいるそうです
お母様もお迎えが近いことを察していたのかも知れませんね
和ナビィ (火曜日, 11 11月 2025 11:05)
この投稿を送ったのは、実は義母が百歳の天寿を全うして亡くなった翌日のことです。大正の最後に生まれ、4つの時代を生き抜き、亡くなる数日前までは歩行枠につかまって自力で移動することもできていました。最期は転倒、脳溢血し搬送された病院で7日後に枯れるように息を引き取りました。三人の我が子、孫ひ孫達に囲まれての最期でした。
これまで毎年、送り盆の時には「まだ迎えに来ないでくださいね」とご先祖に合掌していましたがこの夏はなぜか言いませんでした。戦後まもなく材木商に嫁に来て、じきに家業倒産、それから美容師の資格を取得し働きに働き続けた人生でした。
>全ての生き物は死ぬために生まれてくるそうです。また、「死」は進化が作った仕組みとも。死ぬことで生物は進化するそうです(ポコ太郎さん)
まさに「動的平衡」そのもの、一瞬も止まらない・変(替)わり続けて遥かな流れになっているのですね。
惜春 (火曜日, 11 11月 2025 08:22)
虫と戯れ毎日過ごした昔が懐かしい。
ポコ太郎 (月曜日, 10 11月 2025 22:19)
めっちゃいい話です!
小林武彦著「生物はなぜ死ぬのか」読了しました
最先端のサイエンスによると、全ての生き物は死ぬために生まれてくるそうです
また、「死」は進化が作った仕組みとも。死ぬことで生物は進化するそうです
虫の生き死には、生老病死のミニチュア版として、子供心の片隅に残ると思います
ボクは60歳を過ぎてもいつまでも元気で若くいたい、いつまでもモテたいと、加齢に抗ってますが、生物学的には間違った生き方をしているのかも…