≪考察≫ 子供の声がうるさいとクレームを付ける人

 

投稿者:ダイゴさん

 

カレーせんべいさん始めまして。初めて投稿させていただきます、最近なんでもクレームを付ける人が多いですね、

 

子供の声がうるさいと公園を撤去したり運動会の音がうるさいとか本当どうでもいい様な事ばかりです。

 

皆自分の事ばかりで本当に大切にしなくてはいけないことがわからないんでしょうか?

 

 

(管理人カレーせんべいのコメント) 

 

初投稿、ありがとうございます♪♪

 

「クレームを付ける」にも『資格』が必要だと思います。

 

要するに「まず、それを言うお前は一体誰やねん?」という話です。

 

・・・

 

投稿にあった「子供の声がうるさいとクレームを付ける」というのは、個人的には「愛国心が無さ過ぎる」と感じます。

 

 

子供は国の宝。

 

子供はこの国の未来そのもの。

 

子供はうるさくてナンボだろ?

 

 

もちろん、クレームをつける人間たちにもそれぞれの「言い分」があるでしょう。

 

だけど、物事の価値は「イーブン」じゃないですから。

 

 

自分の身の丈

 

自分の身ほどを知って

 

自分の振り直せよ!

 

 


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コメント: 11
  • #11

    さとがえる (火曜日, 21 5月 2024 12:39)

    子どもがいない家庭だと理解されないということ、若干わかります。
    子どもが生まれる前に住んだ集合住宅で、上の階の男の子が1時間以上同じおもちゃを床にぶつける、連日21時以降も騒ぎ続ける等の音が気になり、管理人に相談したことも…
    ピーク時はテレビつけても上の音が気になりました。
    その後子どもが生まれ、上の階の音は気になりつつも、我が家のことで手一杯になり、また子どもが大きくなって分別がついたこともあり、そこまで気にならなくなりました。
    社会で子どもを育てる意識やイベントが減ったこともあり、子どもが迷惑な存在にしか思えない人が増えてしまったのかもと思います。
    仕事、サイトの管理人に加えて、地域の活動も続けられているカレーせんべいさん、本当にありがとうございます。

  • #10

    くれは (火曜日, 21 5月 2024 08:15)

    子をもつ大人といない大人では、意見が違ってくるのでしょう。子供が騒がしいのは、普通だと思います。
     
    子供は子供でも、暴走族はやかましいけど。

  • #9

    リカオン (月曜日, 20 5月 2024 21:20)

    東京の郊外の住宅街から商店街に向かう裏通りを歩いていたら、2mを越える堅牢なコンクリートの塀、そして塀の上には40cmほどの高さの鉄条網。重い金属のゲート。何の建物?と思ったら姿は見えませんが微かに子供達の声が聞こえて来ました。

    子どもの声でここは幼稚園か保育園と判明したのですが、子どものための施設ならば塀や玄関や建物はパステルカラーや可愛らしい絵、花壇で飾られているイメージなのになぜこんなにグレーで殺風景なのか分からず不思議に思いました。

    子どもを守るためにわざと子どものための施設と分からないようにしているか?隣近所の迷惑にならないように子どもの声が漏れないようにしているか?またはその両方なのかと思いました。

    そこまでしないと子どもを守れないのか、子どもの声を騒音と感じる人がいるのかと少し残念な気持ちになりました。

  • #8

    昭和43号 (月曜日, 20 5月 2024 19:43)

    子供の声かわいいと思うけどなあ。
    生理的に受け付けない人もいるのでしょうか。
    空き地が減って自動車が増えてから、屋外で遊べる所は公園くらいしかないと思うので、防音対策の補償等で何とか協力してほしいと思います。

  • #7

    新米派 (月曜日, 20 5月 2024 06:51)

    【たまに幼稚園前を通りかかって、子供達の元気な声が流れてくること】と、【日中ずっと子供の声が続き、謎の合唱練習が繰り返されたり、運動会やバザーでアナウンスや専用BGMも聞こえてくる住環境に毎日置かれること】とでは不快感又は許容度も違ってくるのかも知れません。
    幼稚園に隣接していた実家で育った自分としては、正にそれゆえに子供の泣き声笑い声叫び声に何も感じません。一方で成人後に幼稚園の付近に引っ越してきたり幼稚園が付近に新設されたりする場合などは、想定外の騒音に耐えられない人もいるのかもとも思います。
    構図としては、(日本又はアメリカの)軍基地騒音に苦情を言う近隣住民と、それを大袈裟だと却下する部外者の関係に似ている部分もあるのかも知れません。

    何に不快感を覚えるかは人によって異なります(し、前記のようにたまに体験するだけなのか選択の余地なく一日中体験させられるのかでも違います)。
    性を連想する看板・ポスターがある/近隣のビル高で日照時間が少ない/騒音が絶えない――等々、当人にとっては確かに深刻な不快・不利益で、かつ他事例の類推から当事者でなくとも多少は共感できるものもあるでしょう。
    こうした環境に関して、都市の開発・発展は地域のためだからとか基地も保育園もお国のために必要だからと諭したところで、心頭滅却することの大切さが解っていても冷熱感覚が反転するわけではないのと同様、当人の不快感が和らぐことはありません。

    公と私が対立する中で、大まかな処理方途としては苦情者を無視するか補償するかの二択となります。
    個人的には、基地や空港の騒音は人工的であり不快に感じる人が多いと思われる以上、苦情者への補償もあってよいと思っています(し、実際にそうしています)。他方で保育園や田畑が発する子供や虫の声は自然的であり不快に感じる人が比較的多くない気がするので、苦情者を無視しても仕方ないと思っています。
    けれどもこうしたことは比較問題に過ぎず、かつ「不快指数」は他者には計り知れない純個人的なものなので、保育園への騒音苦情を言い張る者が増えてくるのならこれについても補償が検討されてもよいとも考えます。
    いずれにしてもこれらについて「公のためだから」を論拠とするのならば、まさにそれによって公が補償する根拠が生じます。

    コロナ禍における「テレビ収録でもマスクつけろ」「マスクデザイナーの仕事辞めろ」なども含め近年は苦情そのものが論評対象ともなっています。苦情を姦しく言う人が謝罪と賠償を獲て、実は不快感はなかったけどたまたま同じ環境にいた人達まで賠償のおこぼれに預かるような社会を個人的には不快に思います。しかしながら、「みんなのために我慢しろ」で抑えつけるだけでなく一人ひとりの感覚も汲み取り、かつ性善説と平等原理に基づいて補償をバラまくのはリベラル社会を保守するために已むを得ないコストという気もしています。

  • #6

    平井 智也 (日曜日, 19 5月 2024 23:16)

    ダイゴさんに同感です!子どもが煩いと言う人も、振り返ればその人も昔は子どもだったのだから、温かい目で見守りましょうよと声をかけたい。

    この間もテーマになっていた「産休クッキー」の話題にも通じるものがありますね。

    言い分=イーブン、うまい(^^)

  • #5

    ダイゴ (日曜日, 19 5月 2024 23:03)

    さっそくとりあげていただきありがとうございます!姪っ子や甥っ子がいますので、他人事ではないと思い投稿しました。 
    僕も愛子さまが皇太子になられる事を願っています。

  • #4

    英二 (日曜日, 19 5月 2024 22:53)

    子どものはしゃぐ声は邪気を祓うんだから、逆にありがたいと思ってます。

  • #3

    リカオン (日曜日, 19 5月 2024 22:37)

    子どもの声がうるさい人が増えたら、この国は滅びるんだろうなぁと思います。

  • #2

    ceroku (日曜日, 19 5月 2024 21:56)

    匿名掲示板、SNSで匿名で誹謗中傷書く奴らこそここを読んで実践してほしいです。

  • #1

    あしたのジョージ (日曜日, 19 5月 2024 21:19)

    私も正直若い頃は、子供たちの声がうるさいと思っていました。
    ですが、学校用務員をやるようになってからその感覚が段々となくなりました。
    今では子供たちの楽しそうな声を聞くのが嬉しく思っている自分がいます。
    変われば変わるものですね!(⁠•⁠‿⁠•⁠)