犬の噛みつき事故 規制するべきは犬か人か

 

投稿者:sparkyさん  

 

 

 

群馬県伊勢崎市で2月7日、住宅で飼われていた四国犬(土佐犬を現在はこう呼ぶらしいです。知らなかった)が逃げ出して、男女12人に噛みついて負傷させる事件が起きました。

 

飼主は飼育する四国犬7頭の内この犬を含む4頭を市に登録しておらず、残る3頭にも毎年義務付けられる狂犬病の予防接種を9年前から受けさせていないらしく(市に接種記録なし)、責任は重大というべきでしょう。

 

小学生ら12人かんだ犬、義務の狂犬病予防注射せず 群馬・伊勢崎

https://mainichi.jp/articles/20240209/k00/00m/040/141000c

 

英国では近年「アメリカンブリーXL」という犬が」人を襲う事故が多発しており、今年1月からこの犬種の繁殖・売買・贈与を禁止、2月からは無登録での飼育も禁止されたそうです。

(体重が通常のアメリカンブリーの14~27㎏に比して50~60㎏、故にXL。体高は50㎝でほぼ同じ)

 

“悪魔の犬”「アメリカンブリーXL」めぐりイギリスで議論 規制すべきは犬なのか、人なのか 

 

https://www.fnn.jp/articles/-/665486

 

英国ではリード無しでの散歩(彼国でも法的にはOUT)や、補助犬でなくともレストランや電車での同伴も多いらしいのですが、特定の犬種を「危険犬」に指定して飼育を禁止しており(四国犬も指定されているとか)、既に飼育している場合も犬の登録及び賠償責任保険の加入、本年中のマイクロチップ埋込みと去勢手術、公共の場でのリードや口輪の着用等厳しい条件が義務付けられているそうです。

 

飼育禁止から2日後の2月3日には早くも無登録のXLによる襲撃死亡事故が起きるなど前途多難ですが、専門家(「動物行動療法調教協会」理事)によると「ブリーダーは法改正を見越して新種の開発を進めており、法に触れない(まだ危険犬に指定されていない)新種が同様の問題を起こすだろう」と指摘しています。

(「そもそもどんな犬でも怖がらせれば攻撃的になる。XLが特に危険というデータはない」とのこと。そりゃそうだ)

 

英国ではかつてあった犬の飼育免許(Dog License)制度が1987年に廃止されており、これを復活させる署名運動も起きており、上記の専門家も「飼主の教育を強化して免許制にした方が、個別の犬の取締りよりも事故防止に有効だろう」と語ります。

 

また実際にアメリカンブリーXLを飼っている男性の言葉も紹介されています。

「人は犬に慣れすぎている面がある。車が暴走すれば人をひき殺してしまうように、犬も扱い方を間違えれば容易に人に危害を加える力を持っていることを忘れてはいけない」

 

日本では登録に予防接種と犬の管理に重点が置かれているようですが、免許制度の導入まで踏み込むかはさておき、飼主への教育を強化する必要は大いにあると思います。

 

欧米流の「動物権」「動物愛護」とは違う「飼う人間の側の義務」については、そのまま輸入は出来ないにせよ参考にするべきではないでしょうか。

 

 

(管理人カレーせんべいのコメント)  

 

私も犬を飼っています。

もし飼い犬が、人様に迷惑をかけたら、飼い主である私の責任です。

だからひたすら「人様に迷惑をかけないように」を大前提にペットを飼わせてもらっています。

そのあたりの「弁え」が飼い主には必要ですね。

 


↓(スポンサーリンク)↓



コメント: 4
  • #4

    sparky (木曜日, 07 3月 2024 22:30)

    遅くなりましたが採用して下さってありがとうございます。頂いたコメントを読んでもう少し考えてみるつもりです。
    今は一人暮らしですが、昔は一家をあげてねこ派…もとい猫派でした。初代の飼猫はまだまだ元気な盛りに突如消息を絶ち、二代目は母が大事に大事に育て上げて24年近くの長寿となりました。小学生時代友達の家に行く度に吠えたてられたので(そのころはまだ猫を飼っていなかったので匂いに反応とかではない筈)犬は今でも少し苦手です。人づきあいが乏しいので他人様のペットに接する機会もほぼありませんが、機会があればとりあえず笑顔で接してみようと思います。

  • #3

    グッビオのオオカミ (水曜日, 06 3月 2024 20:02)

    これなあ…「動物権」の話にも関係あるかも知れませんが、動物の方には社会に対して責任を持てないのですね。
    動物権の話をすれば、それが欺瞞でもあります。
    ペットの話をすれば動物に刑事罰などを課したところで「反省」も出来ない訳です。
    結局は飼い主が責任を取るしか無いでしょう。
    海外の考え方も少し分かります。
    犬は人を殺せますからね。
    社会の在り方が国によってかなり違うので、そのまま導入するかどうかは別ですが、今後の参考にはなります。

  • #2

    新米派 (水曜日, 06 3月 2024 13:01)

    飼い主の責任は結果主義で論じられるべきですが、飼育動物への処遇は機能主義で捉えるべきでしょう。
    飼い主が裁判等で責任を問われる場合は他者を傷つけせしめたという結果に基づき審判されます。なぜなら人間は、自由意思があり罪を背負い得る主体であるからです。
    その一方で動物には自由意思がありませんし、したがって罪も問われません。要するに道具と同じですので、何回も人間を轢き殺している自動車であっても故障箇所の交換など然るべき点検を経ればまた使用され得るように、人を傷つけた動物も今後の傷害可能性が他の動物並みなら手を加えなくてよいと考えます。もちろん噛み癖がついている/伝染病がある等の事由が判明すれば、修理不能の自動車と同様に殺処分等とするべきでしょう。
    別の見方をすれば、ペットも家族だという幻想が民衆に浸透すれば、人間に準じる存在である動物が人間のように刑事責任等を負わなければという妄念が顕れるのも必然と言えます。

    個人的には動物権なるものを一切認めていません。そのため、当人が所有する動物を見るに堪えない手管で虐待し殺害しようとも構わないと思っています。もちろん自分を含めた大多数の人間は敢えてそんな様を見たくないので、公共の場で動物虐待をおこなったのなら猥褻物陳列罪に類似した罪悪が課せられるべきでしょう。
    仔牛に焼きゴテを押し付ける、釣りを楽しむ、競走馬にムチ打つ――等を肯定できてしまう我々が、動物虐待それ自体に幸福を感じる嗜好だけを否定できるでしょうか。

    ただし、ピーター・シンガーに代表される動物愛護論には汲み取るべきものもあると考えています。人間特有とされる知性・精神・自我などは一部の哺乳類にも在るのではないかというのが、彼らが動物権を擁護する根拠の一つとなっています。
    大小を問わなければ中枢神経系のある昆虫とてごく僅かな知性があるのでしょうが、結局のところ権利主体として交渉し得るほどの知性が無ければ意味はないと自分は考えます。
    人種差別や性差別が横行してきた長い人類史において、知性を権利主体の根拠とみることは画期的でした。かつては有色人種が動物の一種に分類されたり、女性が男性より劣った存在だと見做されたりしていました。こうした伝統思考の否定に、動物愛護論における知性尊重志向という着眼点が貢献していたのかも知れません。

  • #1

    リカオン (水曜日, 06 3月 2024 11:45)

    管理できないのであれば飼う資格はないし、どうしても犬を飼いたいのであれば、身の丈にあった犬種を選ぶべきで。

    しかし、ここまで殺傷能力のある程の犬を品種改良して作り出す必要があるのだろうか。
    闘犬をさせるわけでなく、猛獣が襲ってくる環境でもなく、泥棒撃退ならばもう少し管理しやすい犬もいるだろうに。
    強すぎて、管理できないからと口輪をしたりずっと運動をさせられなかったら、むしろ犬がかわいそうだ。