阪神・淡路大震災から29年

 

投稿者:いいまつたかさん

 

もうあれから29年経過したのですね。

 

阪神・淡路大震災29年で追悼 能登半島地震へ支援も

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240116/k10014322971000.html

 

カレーせんべい様 はじめ、関西圏の皆様、当時は本当にご苦労されたと思います。

 

今は能登半島地震で被害にあわれた皆様のサポートと現地の復興が第一ですが、平成~令和を通じて複数の地震被害を経験した我が日本、本当にいまこそ、震災対応におけるPDCAの「C」と「A」を、国は財政出動をきちんと担保した上で徹底すべし!!!と思います。

 

 

(管理人カレーせんべいのコメント)  

 

今から振り返れば、阪神大震災では沢山の「失敗」がありました。

 

その結果、今であれば救えたであろう命を失ってしまったかもしれない・・・。

 

 

未体験の不幸に直面したときの「失敗」は、

 

「経験」にして「次に活かす」。

 

 

それが歴史に裏打ちされた「国民の知恵」だと思うのです。

 

 

それを大切に思うことは、保守主義であり、進歩主義だと思っています。

 

 


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コメント: 3
  • #3

    グッビオのオオカミ (木曜日, 18 1月 2024 21:58)

    私は阪神淡路大震災の時は、卒論を徹夜して書いていて、明け方少し寝ようとした時に、かなり長い揺れが来た覚えがあります。
    とりあえず、自分の部屋は何も無かったし、眠かったし、そのまま寝てしまいました。
    10時頃に目が覚めてテレビを付けると、阪急伊丹駅がペシャンコに潰れてるし、神戸市東灘区が火事になってるしで、メチャクチャになっていました。私の実家に電話をすると、母が言うには花びんが一つ壊れただけで大した被害は無かったとの事。
    ただ、断層の影響で被害の状態はだいぶ違った様です。
    あの時は憲法違反になるからと、自衛隊を使わなかったのでしたね。 
    最近では初めから自衛隊を出動させるのが定跡になっています。私はそれで間違っていないと思います。
    ただ、今回の能登半島の地震で個人的に違和感を覚えたのが、日頃"防衛予算削減"だとか、反戦平和的な主張をする人ほど、災害時には「もっと早く自衛隊を!」と言っている様に思います。
    迅速に動いて欲しいくせに、防衛予算削減を言うのはあまりにも虫が良い言動だと思いました。
    死者が出たら「自衛隊を出すのが遅い」など政府の対応のせいにしたり…。
    まあ、これは余談ですが。
    神戸市はまだ当時の借金が残っていると聞きます。震災の爪跡というものは、思わぬ形で残っているものですね。


  • #2

    リカオン (木曜日, 18 1月 2024 21:39)

    阪神淡路の時は富山でも、朝方、長い揺れを感じました。
    フォッサマグナの東側の地震は伝わりにくいから、西の方向で大きな地震があったのかもと思い、急いでTVをつけました。
    少しずつ震災を伝える情報が増えていき、とんでもなくひどい被害が出ている事が判明していきました。
    しかし神戸のあたりの震度がなかなか表示されませんでした。それを見てきっと震源は神戸付近に違いないと思いました。
    この時の経験が、大きな地震の時は震源地ほど情報がなかなか出てこないものと考えるようになりました。
    なので今回の能登半島地震でも津波が1mとニュースで言っていても安心してはいけないと。地震のひどい所ほど正確に測定できていない可能性が大なのです。

    阪神淡路大震災はボランティアにはいきませんでしたが、募金は機会あるごとにしておりました。


    自分の家を建てる時は耐震にしようと思いましたが、津波が来る場所なので高台に引っ越すか家族会議をしました。しかし、昔からの人間関係を大切にしたいという家族の意見でもとの家のある所に建てました。ただし津波が来て車で逃げ遅れた時のために救命胴着を人数分用意しました。
    個人でできる事は耐震、備蓄、自家発電などなどでしょうか。

    あとはこれだけの災害の多い国ですので、災害関連死が起きにくいような準備が整えられないものかと行政に考えてもらいたいですね。

  • #1

    パワーホール (木曜日, 18 1月 2024 21:33)

    自分は静岡に住んでいるので南海トラフが心配です。対策もできる範囲でやっています。それと自分の命よりゴー宣の方が大事なので一部重要なものは実家の物置に保管してあります。