≪ファン対談≫ 「松本人志・高須光聖の放送室」について

 

投稿者:新米派さん 

 

深夜帯の「一人ごっつ」や「考えるヒトコマ」など、過剰な演出を排除して松本人志さんの発想力の部分のみを抽出したような番組を観れたことはとても大切な思い出です。

 

そんな松本さんが活動休止となるのは残念極まりないことですが、どこかでやむを得ないのかなという諦念も感じています。

 

 

個人的には殺人をしていようが強姦をしていようが、あるいは社会主義経済を唱えていようが、天皇制廃止を主張していようが、その人の創作性に対する評価は変わらないつもりです。

 

なので今回の文春報道がニュアンスの部分まで含めてすべて事実だったとしても、今まで通り移動中は「放送室」のラジオ録音をループし続けるでしょうし、自宅では「ごっつええ感じ」の全話収録DVDを毎日1週分ずつ再生し続けるでしょう。

 

とは言え、松本さんが現在主に活動しているのは、テレビ界隈です。

 

より大きな芸能界というカテゴライズで考えれば、反社的生き方も許容されるべしというほぼ無理筋の立論もありうるのかも知れませんが、もはや良くも悪くもスポンサーと大衆世論のしがらみで定義づけられるテレビ界においては、コンプライアンスに背きそうなコンテンツは排除されざるを得ないのでしょう。

 

叶うのならば、その人個人への好悪ではなくその人の才覚や表現力を評価するようになろうではありませんかと啓蒙したいところです。

 

けれども結局のところ自分自身も含めてどこかで恣意的な好き嫌いで色々な物事を見てしまいがちという迷妄を脱することはできていません。

 

そのため、大衆の好感度に依存せざるを得ないようなプラットフォームで活動する者においては、その時々の感情的な揺らぎに応じて一躍祭り上げられたり、逆に一斉にバッシングされたりという扱いを甘受せざるを得ないのでしょう。

 

 

裁判の行方がどうなるのかは判りませんが、当事者間の権力構造として松本さん側が圧倒的に強力であり、ホテルの部屋をとったのも松本さん側であるため、他に明確な証拠が無いために松本さん完全勝訴という結果になるのは難しいのではないかと感じます。

 

なお松本さんのラジオ「放送室」や週刊プレイボーイの連載「プレイ坊主」などを見聞きしてきた方なら似た感想を持つと思われるのですが、率直に言って今回の報道内容のようなことはあり得た話なんじゃないかなとも考えています。

 

「酒で吞んで呑ませて無理やり襲うなんてことは俺のポリシーに反する」「後から振り返って『あれはイジメだったんじゃないか』『レイプだったんじゃないか』と思われるようなことにも留意する必要がある」などといった発言もあるため、松本さん本人の主観としては性加害そのものがなされるべきでないことと考えておられるのでしょうが、一方では松本さんの主張全体を通して感じざるを得ない男尊女卑志向や、上下関係論、また雰囲気によっては性行為を土壇場拒絶するほうが悪だという認識などなど、≪松本人志の主観では性加害などあり得ない事柄だけども、客観的に見ればそれは限定的な情況でしか適用されていなかった≫のではないかと推量してしまいます。 

 

最後に再び個人的な所感となりますが、松本さんがその気になればテレビなど関係なく、ツイッター等の媒体で、奇妙なイラストや大喜利や写真で一言的なものなど、ファンが望む創作活動はいくらでもできますので、これを機にそうした活動に移行するのなら結構なことだとも思います。

 

でも、松ちゃん浜ちゃんが揃った姿が見れないのは、寂しいです。

  

 

(管理人カレーせんべいのコメント)   

 

私は、新米派さんが書かれている内容に共感しました!

 

以前から、すごく繊細に、フェアに、文章を綴られていて、その感性と文章力には敬意を抱いておりました。

 

ゴー宣ファン、やっぱ、すごい人がいるなぁ~~。

 

なんとか友達になってもらえないだろうか?

 

・・・

 

2001年から2009年まで約7年半続いたラジオ番組「松本人志・高須光聖の放送室」は全部で391回。

 

私は5回以上はループしています。つまり1000時間以上聴きました。

 

実は、私が「松本人志・高須光聖の放送室」に投稿していたラジオネームが【カレー千兵衛】だったんです。

 

由来は、ダウンタウンが若手時代に「カレーせんべい」を販売して金儲けしていたことと、ドクタースランプアラレちゃんで好きなキャラだった「則巻千兵衛」をもじりました。

 

はは、私のハンドルネームの由来、初めて公開しました(笑)

 

・・・ 

 

私は今回の裁判、「松本人志が勝つ」と考えております。

 

なぜなら「性加害があったことを証明するのは”被害者”」です。

 

今までの報道を見てきた限り「立証は無理」だと思いました。

 

あまりにも「物証」が無さ過ぎます。

 

 

松本人志の芸能活動休止には複雑な思いもあります。

 

でもね。キャンセルカルチャーとの闘い、松っちゃんなら勝てると信じています♪

 

 

 

【放送室】

あなたには30年以上前の出来事を昨日の事のように話せる友達・・・いますか? 


↓(スポンサーリンク)↓



コメント: 7
  • #7

    まよせん (木曜日, 11 1月 2024 12:32)

    松本人志はXにてワイドナショーに出演すると言っていましたが、これもナシになったようです。
    完全にキャンセルカルチャーの波に飲まれてしまいましたね。
    最近は芸人がワイドショーで説教じみたコメントを言ったり、好感度を求めるのが当たり前になってきましたが、
    これからの芸人は「ちょっと気の利いた面白いことを言うだけの品行方正な人」になっていくのでしょうか。つまらないですね。

  • #6

    パワーホール (火曜日, 09 1月 2024 22:33)

    松本さんは裁判で戦うと決然と意思表明をしてくれたことは、キャンセルカルチャーに対しくさびを打ち込んだに等しいです。ぜひとも勝ってマスコミとキャンセルカルチャーの横暴に一矢報いてほしい。

  • #5

    新米派 (火曜日, 09 1月 2024 22:12)

    ⇒今回の件を受けて、松本さんの作品が封印されてしまうのではないか、引退を余儀なくされてしまうのではないかと危惧する意見がこのサイトのみならずヤフーニュースなどでも多くみられます。
    「作品に罪は無い論/キャンセルカルチャー的作為への懐疑」は平成期以前から指摘されていましたが、ジャニーズという巨大コンテンツがほぼ一夜にしてキャンセルされたことは、それを肯定するにせよ否定するにせよ、「存在が無かったことにされる」という現象が紛れもなくあることを、多くの人に自覚させたのだと思っています。逆説的に言えば、キャンセルカルチャーの最大の問題点はその存在自体を人々の意識にのぼらないようにすることだと考えていますが、これまでなんとなく見過ごされがちであった「キャンセルカルチャー」という概念そのものが、人々の意識にのぼるようになったことは我が国の文化史において極めて重要な事件だと考えています。

    個人的には、有名人の不適切言動が取り沙汰されているとしても、まず過去の作品を抹消することは阻止されるべきと考えます。また今後の社会的活動についても、事実なのか噂なのかが分けて考えるべきです。更に事実だとしてもすべての活動が自粛されるべきなのか、舞台や動画配信など≪その人が出演されることを理解した上であえて能動的に視聴しようとする≫ようなプラットフォームは認められるべきとするのかは別途議論されるべきでしょう。

    このように、キャンセルカルチャー的作為への懐疑は常に意識されるべきだと考える一方で、現実問題としてテレビ界などスポンサーありきの業界において、不祥事が噂されるだけの人物や商品が大衆迎合の結果としてキャンセルされてしまうことは、構造的な必然性があるとも認識しています。
    改めて自分が再論するまでもないことですが、不特定多数の人を相手にする商売においては、最大公約数的な対応を採らざるを得ません。テレビタレントにせよこんにゃくゼリー・生レバーにせよ、そのファン以外の大多数にとってはいくらでも代わりを見出せるモノがある状態で、敢えてキズモノになるかも知れない商品を陳列するメディアや市場運営者は少ないでしょう。
    テレビ局にせよ飲食店にせよ、雰囲気に流されやすい大衆の前では、真実と思しき異論を敢えて唱える暇があるのなら、限られたマンパワー・資金を使ってさっさと別の商品に注力することが企業としては正着となります。
    今回の事例においては、テレビスポンサー企業は、数多い自称消費者からの電話抗議に耐えられませんし、テレビ局はそんなスポンサーからの要求を受け入れざるを得ません。結果として、民主主義的事象がテレビ界においてもめでたく実現することになる訳です。

    繰り返しになりますが、そうした大衆的行動への反抗を、保守派ならずとも多くの人に共有してほしいと思ってはいます。とは言え、朝は根拠不明な血液型占い、昼は代案なく不平を吐露するワイドショー、夜はご家族みんなで安心して見られる動物/グルメ特集など、大衆の好き嫌い測定器を具現化したようなテレビ界を受け入れておきながら、タレント不祥事の時だけはムードで判断されてはならないというのは、どこかムシのよさを感じてしまいます。不祥事が有ろうが無かろうが、我々視聴者のなんとなくの好き嫌いによって、突然注目を浴びるようになったタレントもいれば、いつの間にか消えていった芸人もいる界隈ですので、いっそのこと「結局すべてが曖昧なムードで盛衰する業界なんですね」と割り切ってしまいたくなります。
    適切な譬えになるか判りませんが、あえて一部上場しておきながら、証券取引所内外での風説によって株価が上がるのは嬉しいけど株価が下がるのは許せないと言っているようなものに思われます。今回のホテル連れ込み問題と関わらせて言えば、松本さんにせよ過去多くのキャンセルタレントにせよ、「ここがそういう場所だと解ったうえでこのフロアに上がってきたんじゃないの」という疑問は消えません。

    そのような訳で、以上のように大衆のムードに左右されてしまうことを嫌うのであれば、社会的活動のあり方を、最悪の場合でも個人や少人数グループ単位でも営めるようなかたちにするべきなのでしょう。もちろんそういう状況だと、小林よしのり先生や松本人志さんなど異才のある人間を我々一般人が発見することは難しくなってしまう訳ですが。大衆社会には背を向けつつも、能力のある人物・商品はお手軽に見つけ出したいというのは過ぎた欲望なのでしょう。

    最後に、カレーせんべいさんから友達にと嬉しいお言葉がありましたが、中核的な価値観を複数共有しており、かつそのことをお互いが知っているのであれば、それはもう既に友達といってもいいのではないでしょうか。自分も思いつきのラジオネームを使って放送室の冒頭挨拶ネタに採用されたことが3回ぐらいありましたが、自身がひっそりと愛好しているコンテンツを相手も同好していると知るのは大変貴重なことです。もちろん、こちらはそもそも小林よしのり/ゴーマニズム宣言を主題としたサイトですので、これ以上松本人志という固有名詞を出すまでもなく、もとより我々は同好の士であるという予断をもっています。
    なお敢えて言葉を細分化するのであれば、一緒に遊んだり寝泊まりする時のテンポ感や居心地が大事な友達と、趣味嗜好の異同は問われないけど目的(思想)や意思決定手段(議論作法)の一致が重視される同志とは、微妙に異なるものだと理解しています。そして、友達で同志なら、それはこの上ないことですね。

  • #4

    新米派 (火曜日, 09 1月 2024 22:09)

    せっかくカレーせんべいさんに取り上げていただいたので、この件について長文となりますがいくつか補足したいと思います。

    まず松本人志さん本人の道徳的地位――という単語がいかにも論者の傲岸さを露わにしてしまうのですが――について考えたいと思います。不適切な言動があったとされる者が活動自粛を余儀なくされたり、過去の作品を抹消されたりすることについて、松本さんは懐疑的な立場であったと認識しています(「ワイドナショー」などを全週注視していた訳ではないので、この認識は自分の曖昧な記憶に基づいて記述しています)。
    このため、裁判等で松本さんの性加害が認定され、その上で松本さんがテレビ出演等の社会活動の継続を望んでいたとしても、「松本はいってることとやってることが違う」ということにはならないと考えます。

    他方、性加害について松本さんは否定的な発言を繰り返してきました。このため文春の報道内容が事実であったのなら、その点について「いってることとやってることが違う」という人としての根本に関わる批判を受け入れるか、さもなくば「かくかくしかじかの条件においては性加害が該当するとは認識していなかった」などといった釈明を加えなければならなくなります。
    松本さんの認識を勝手に推量してしまうと、≪”実績”のあるスピードワゴン小沢が連れてきた女性たちだから、「そういうこと」があると解って来たはずだろう≫という前提がまずあった気がします。

    これがふた昔以上前の出来事であれば、≪朝鮮女性を誘拐した悪徳慰安婦業者とそれを相場の対価で利用しただけの日本軍≫という図式に重ねることもできなくはありません。けれども現代のリベラル的感覚に照らし合わせれば、その界隈で極めて強い立場にある人間が、すべて忖度して動いてくれる後輩を使って、半ば一般人の女性と、性的行為を目的とした会合を設ける――という振る舞いは、仮に女性の明確な拒絶が無かったとしても、顰蹙を買うことだと考えます(もちろん、松本さんがかつて語っていたような、風俗店を利用したり自身でナンパしてお持ち帰りするなどは全然アリだと思っています)。

    しかしながら、そもそも自分を含めた一部のファンにおいては、松本さんが禁煙前後で煙草への態度を変えたり、体育会系ではないと言いながらも後輩へのパワハラ的言動を隠そうともしなかったり、接客や恋愛で独尊的な自分ルールが多すぎたり・・・といったことも含めて松本さんを全人格的に愛しているという訳ではありません。ごく単純に松本さんが面白いことを表現してくれるから、彼の番組などを追いかけているだけです。嫌な言い方をすれば、「面白いものを産む機会」だから応援しているだけで、そうならなければ切り捨てるということになる訳ですが、その点においてファンの一部は今もなお松本さんの才覚に最大限の信用をおいています。

    こうしたことから、今回の件に関する裁判等でどのような事実が認定されたとしても、そのことをもって松本さんの人格に肯定的又は否定的な評価を加えるつもりはありません。

    引き続き長文で恐縮ですが、次にテレビ界におけるキャンセルについて論じます。⇒

  • #3

    ココ (火曜日, 09 1月 2024 21:36)

    新米派さん、カレーせんべいさんこそ松っちゃんのダウンタウンの真のファン、ファンの鑑ですね☆
    人気がある時だけ、周りから評価されている時だけ応援するのは誰でもできるけど、負の面(真相はまだ分かりませんが)も全て受け入れて、例え周りから評価されなくなっても好きでいられるのはもはや愛ですね^^

    「その人個人への好悪ではなくその人の才覚や表現力を評価するようになろうではありませんか」
    私も中々この境地には至りませんが、そうありたいと思いました!

    私はお笑いではウッチャンナンチャンの大ファンで、お二人とも松っちゃんほど尖ってないので、ゴシップネタは今後も無さそうですが、もし何かあってもずっとファンであり続けます!
    ダウンタウンとウンナンは夢で逢えたら以来の戦友で、ラストいいともでも仲良く揃って出演する程の仲良しだし、ダウンタウンがまたコンビでテレビか他の媒体に出てくることを心から願ってます!!

  • #2

    Tsuka (火曜日, 09 1月 2024 08:26)

    人が他者に抱く好悪の主観的感情によって、その他者の公的な表現や功績も評価されなくなってしまう、否定的に見られてしまうことはよくありますよね。客観性(公益)よりも主観的嫌悪感(私情)が先に立ち、悪しき偏見に発展するのだと思います。僕のなかにもそうした私情、悪しき偏見がある。

    我こそは弱者や被害者に味方する者なり、正義なり、大衆の味方なりと自分の感覚になんの疑いもなく思いきれたら気持ちいいしエネルギーも湧きますよね、軌道修正なしに一方向に突っ走ればいいだけだから。。
    正義病、キャンセルカルチャー、ポジショントークなどはどれもあるひとつの価値観に主観を委ねた結果生じるのでしょうか。

    僕も仕事において、人は自分が認めたくないモノを認めなければもう議論など成立しないし公益も追求できないと思うことがあります。好悪の感情も左右するので周囲の人間にいらぬ悪感を持たれないよう気をつけなければと思います。

  • #1

    mantokun (火曜日, 09 1月 2024 00:37)

    新米派さん、カレーせんべいさんのコメントは、これまで芸能関係にほとんど触れてこなかった私には非常に参考になります。また、これほどファンとしての情熱を捧げられる芸能人がいらっしゃることを素直に羨ましいなと思います。
    カレーせんべいさんのHNの由来がダウンタウンの若き日の逸話と関係していたとは!あと、アラレちゃんで一番好きなキャラが則巻千兵衛さんというのも意外でした(笑)(私はやっぱりアラレちゃんだったかな〜。あかねちゃんも可愛くて好きだったけど)

    それにしても、松本人志氏の今回の決断は、彼ほどの大物芸人だからこそ可能なのかもしれませんね。
    彼の裁判が、マスコミの表現の自由を盾に取った著しく公共性を欠いた一方的な報道と、それを受けた一般大衆が匿名で皇族方や芸能人、スポーツ選手などの有名人をひたすら痛めつけるというおぞましい行為の連鎖に歯止めをかけてくれればと思います。