宗教とカルト、たった1つの違い【切り抜き】

 

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(13分53秒)

https://youtu.be/LebOtNzvWtE

 

≪動画解説文≫ 

 

「普通の宗教」と「カルト」には明確な区分があった!

統一協会がカルトであると歴史から証明する! 思想家小林よしのりが語る「宗教論」の決定版!

 


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コメント: 2
  • #2

    グッビオのオオカミ (土曜日, 27 8月 2022 21:19)

    すごくいい話でした。
    日本人は「仏教徒」というのは江戸時代から続いた寺請制度の名残りから「各家庭に一宗派」になっているのでしょう。それが今では「葬式仏教」になっている。
    戦国大名の上杉謙信は曹洞宗、臨済宗と禅宗で学んだものの、それでは飽き足らず真言宗の高野山で修業をし、僧侶の位を持ちます。このあり方は「家=宗派」の現代では馴染みの無い考え方だと思います。
    また、どの宗派もはじめはカルトというのもその通りです。結局は本当に国家や社会と折り合いがつくかどうかがポイントで、それがなければ反社的組織となります。
    そういえばキリスト教のカトリックでも「修道会」というのがあります。もともとは「ペトロの後継者・代理人」という立ち位置の「教皇」が中心でそこから→司教→司祭となって各教会に派遣されます。そういう司祭を「教区司祭」と言います。
    修道会はそこに飽きたらず、独自のアプローチで生活します。黙想会を大事にする修道会、病院経営や学校経営などを大事にする修道会。しかし「異端」とされるかどうかは、結局は各地の「司教」の「認可」を経ているかどうかです。あまり長くは書けませんが、「個性・独自性」の中にも「正統性」は必要なのです。
    各地に行った教会は、面白いですよ、この前雑誌で見たらアフリカの教会のクリスマスの人形はみんな顔が黒いんです。
    歌の感じや、ミサをやってる雰囲気を動画で見ても、ラテンアメリカやアフリカ諸国と日本はまた違うんですねえ。国民性が必ず入る。同じ日に同じ個所を読んでるはずなのに、です。
    宗教=タブーというのは江戸時代の寺請制度の名残りもある気がしますね。
    確かあの当時は、各寺社がその村や一族の過去帳などを作成して江戸幕府とも折り合いをつけていたのじゃないでしょうか?代々世襲する。代わりに布教活動はさせなかったと思います。
    布教活動というと、単に「勧誘」とだけとるかも知れませんが、同時に「神学論争」「意見交換」これらも封じられてしまいます。
    抽象的なものと具体的なものを論理で討論する習慣が育ちにくくなったかもしれませんね。
    それが反戦平和主義とブレンドされて「世間教」を作ってしまったのかなあと「コロナ禍問題」を通してそう感じています。

  • #1

    やなちゃん (土曜日, 27 8月 2022 20:51)

    宗教はその土地にあった形で馴染み土着となる、カルトは馴染めず教えが広まらない…そういうことなのかとしみじみ納得しました。ブッダの捉え方、確かにそうだと笑ってしまいました。宗教に関して、教科書の知識でなんとなく暗記して覚えただけだったので、捉え方が新鮮でした。思考するってこういうことなんですね。私の学生時代は偏差値上げることに必死だったので、尚更為になりました。