≪報告≫ 元日本海軍の兵隊さんとのやり取り

  

おてんば (日曜日, 31 7月 2022 18:23)

 

私は高齢者の訪問リハビリマッサージの仕事をしています。

 

数年前、海軍の元兵隊さんを担当しました。

 

若い頃、東京大空襲の被災者の救出や、魚雷を避けながら、命がけで中国からの引き揚げ船の運行を担って下さったそうです。

 

元兵隊さんは、「あいつら(アメリカ人)は日本人を人間だと思ってねぇんだ!今の若者は、俺達のことを、無謀な戦争をしたんだと言うんだろ。」とおっしゃいましたが、

 

私は、戦争論、昭和天皇論、パール真論、靖国論等の書籍を熟読していたので、「日本が植民地になる手前の危機で、日本を命がけで護って下さり、ありがとうございました。あの大変な時代を引き受けて下さった貴方様のおかげで私は今、自由に生きてます。」

 

と頭を下げて、お礼を言いました。

 

元兵隊さんは、私に握手してくださり、帰る際は、敬礼して下さいました。

 

 

私は恐縮しましたが、そんな勇敢で優しい元兵隊さんの担当ができたことを光栄に思います。

 

そして、私も、今後の日本の危機を護るべく、戦争回避したいですし、どうしても必要ならば、片道の戦闘機で愛する我が子、日本の大切な友人達を護りたいです。

 

戦争回避のために、愛子様が天皇になっていただけるように活動していきたいです。

 

これからも、心身共に、鍛錬し、勉強して、考えられる方法で、元兵隊さんが護ってくれた日本を護り続けます。

 

 

(管理人カレーせんべいのコメント)  

 

このやり取りを教えてくださり、どうもありがとうございます。

 

その敬礼の意味を想うと涙が出ます。

 

あの時、命をかけて守ろうとしたそのものへの敬礼だったのではないでしょうか?

 

 

私自身「戦争論」を読んだおかげで、祖父が生きているうちに感謝する気持ちが持てた過去があります。

 

命をかける理由として、「子供のため」であったり、「友人のため」であったりは、多くの人が実感が湧くと思いますが、「先人が守った国を守る」というのも大きな動機になりますね。

 

 

歴史の「タテ軸」と社会の「ヨコ軸」の交差する点が個人である。 

 

「公に貢献するには個人であらねばならない」、そんなことを改めて考えました。

 


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コメント: 10
  • #10

    リカオン (火曜日, 02 8月 2022 21:11)

    自虐史観以前の思い出

     私の子どもの頃は、戦争物の小説やマンガもあり、タツノコプロの「決断」という戦記物アニメがTV放映されたりし、いとこと一緒に見たりしました。

     人の集まるお祭りでは傷痍軍人が、戦後十数年たっているのに、わざわざボロボロの軍服を着てアコーディオンを弾きながらお金を無心しており、私がおこづかいからお金を出そうとしたところ、あの人達は軍人年金をもらっているはずだから必要ないと、いとこに止められた事があります。

     両親の上の世代が、戦争に行った方々で、その方達と夕食を共にしたり、飲み会に同席すると、若者をつかまえて戦争時の体験をとうとうとされるので、若い人達はまた始まったと逃げてかわす方も多かったです。
     私は、珍しさも手伝って割と戦争の話を聞いておりましたが、酔いが回った語り手の話は大抵途中から分からなくなりました。戦闘の場面は特に熱がこもっていました。

     いつの頃からか、そういったお年寄りがいなくなったなぁと思っていたら、自虐史観になって、お年寄りが語れない雰囲気になっていた事に気づきませんでした。それを小林先生の戦争論が世代の断絶を防いでくれたのですね。
     自分の思い出にある自虐史観以前の日本の光景をここに書いてみました。

  • #9

    近藤 (火曜日, 02 8月 2022 04:09)

    また敗戦記念日が来ますね。
    日本はコロナ戦争にも大敗北。
    島国のサルはやっぱり世界を観られない。

  • #8

    おてんば (月曜日, 01 8月 2022 22:46)

    #7 リカオン様
    飲み会、楽しかったですね(*´︶`*)
    #6 和ナビィ様
    コメントありがとうございます。

    もう、元兵隊さん達は、ご逝去されてしまった方が多いですが、生前、戦時中の話をして下さったということは、リカオン様、和ナビィ様になら、伝えられる人なんだと、信頼されたからではと推察します。
    コロナワクチンが危険だと伝えても、全く理解されない世の中で、私達も伝える気持ちが萎えてしまう時もありませんか?
    戦時中の真実も、元兵隊さん達は、伝えても仕方ないと諦め、現代人に絶望していたんだろうなと思います。
    そんな中、真剣に聴いてくれた若者達がいるというだけで、本当に嬉しかったんじゃないかと思います。
    私は、今後は、ご逝去された元兵隊さん達の尊厳を守るため、子供達に大東亜戦争の真実を継承していこうと思います。
    高齢者訪問の仕事中、90代後半のご利用者のひ孫さんが遊びに来てくれた時は、ひ孫さんにご利用者の素晴らしさをお伝えしてます。90代と小学1年生が、日本人として繋がり、家族がまとまり、日本の国力が強くなる。戦前の日本のように、家族、親戚、ご近所付き合い、会社での付き合い、日本人の団結力を強めれば、日本の真の独立を取り戻せると考えてます。
    真実を知って伝えることは、本当に大変ですが、ゴー宣ファンの皆様のアドバイス、行動力に勇気をいただいてます。
    また飲み会でお会いできると嬉しいです。

  • #7

    リカオン (月曜日, 01 8月 2022 13:00)

    三鷹の山ちゃんさんの東京での集まりの時にお話ししてくださった件ですよね。おてんばさんはとても良い事をされました。
    私も戦争に行った方と何度かお話しする機会がありましたが、元兵隊さんにきちんとお礼を言えて無かったなと反省です。
    でも戦争に行った方は、沢山沢山話したい事があって、話が尽きないで、話を聞くだけでも感謝されました。
    まだ、ひどい自虐史観が蔓延する前の話でした。

  • #6

    和ナビィ (月曜日, 01 8月 2022 11:40)

    「大変な時代を引き受けて下さった貴方様のおかげ」で今がある・私達が生きている、そして次の代を育てている、---尊く壮大なリレーを想います。おてんばさんの言葉を受け取って「敬礼」なさった場面が目に浮かび打たれます、「命がけで守ろうとしたものがここに確かにある、受け止められて引き継がれている」と嬉しく確認されたのだと拝察します。

     「戦争論」が出版された頃、先生の作品に導かれるようにして戦死した伯父の戦友の方々を訪ねたことがあります。皆さん当時70代でした。まるで伯父を迎えるように、詳しく話して下さいました。どんな思いで志願したのか、戦ったか、軍隊生活の様子---それまで知らなかった伯父の姿が生き生きと浮かび上がってきました。
     戦後サヨクだった父が「兄貴も俺たちに伝えたいことがいっぱいあったんだな・・・ありがたい」と静かに言っていました。----お世話になった戦友の皆さんもそのほとんどが他界されました。

  • #5

    おてんば (月曜日, 01 8月 2022 09:41)

    カレーせんべい様、コメントの皆様、感想を下さり、ありがとうございます。
    元兵隊さんは数年前にご逝去されましたが、会社の管理者の采配で、現在は、元兵隊さんの奥様の担当者として、私を選んでもらい、今も元兵隊さんのお宅に訪問させていただいてます。
    奥様は銃後を支えて下さった方です。元兵隊さんの生前、ご夫婦は大変仲が良く、にこやかに手を繋ぎ、いつも励まし合う姿が微笑ましく、羨ましかったです。
    娘さん達も、一生懸命に介護され、とても良いご家庭です。
    命がけの戦争を共に乗り越えた家族の絆なのかなと、元兵隊さんご夫妻を尊敬しています。
    私は、小林先生、カレーせんべい様の仰る通り、歴史を知り、縦と強く繋がりながら、仲間や家族との絆を深めることが、国力を高めることになるんじゃないかと考えてます。
    仕事のために、小林先生の書籍と出会い、子供を護るために更に多くの書籍を読み、私も微力ながら、公に貢献したいと思えるようになりました。
    生きがいと、働きがいを見つけました。
    ゴー宣道場のパブリックビューイングや、ゴー宣ファンの飲み会で、志が同じ皆様にお会いでき、大変勇気をいただいてます。
    感謝です。
    今後とも、よろしくお願い致します。

  • #4

    くぁん (月曜日, 01 8月 2022 00:03)

    とても良い話ですね♪これが仕事をする醍醐味ですよ!そして「あの大変な時代を引き受けて下さった〜」というのはその元兵隊さんにとって最大の賛辞だと思います。紛れもなく、その元兵隊さんの敬礼は、貴方に対してされたのだと思います♪

  • #3

    さらうどん (日曜日, 31 7月 2022 22:37)

    当時、日本兵として戦地に赴かれた、そしてその男性を銃後で支えた、そんな世代の方々もどんどん亡くなられてしまい、世代が移り変わって行ってしまいます。私も亡き祖父ともっと話しておけばよかったなと、戦争論を読んだ時に後悔しました。その時は祖母がまだ存命だったので、祖母といろいろ話すことが出来たのは戦争論のお陰でした。祖母もクアラルンプールに戦前の一時期いて、日本に帰って来て被爆し、死ぬような思いをしながら、祖父と共に母を育ててくれたお陰で、今私がこうしてここにいます。

  • #2

    枯れ尾花 (日曜日, 31 7月 2022 22:24)

    あの「星の王子様」で有名なサンテグジュペリも戦争中に命をかける理由として同じことを別の小説の中に書かれてましたよ。

  • #1

    やなちゃん (日曜日, 31 7月 2022 22:13)

    素晴らしい出会いでしたね、羨ましいです。咄嗟に歴史背景が伝わるような感謝を述べられた事もご立派です、私まで温かい気持ちになりましたし、改めて当時の奮闘ぶりに感謝を深めました。
    私も気骨あるご老人とお話がしたいっ!