≪思想≫ ”情報の解釈”にはなぜ差が出来るのか

 

投稿者:グッビオのオオカミさん

 

 

コロナ禍の「コロナ脳」「マスク脳」「ワクチン脳」はもとより、皇統問題(女性天皇有か無か)、ウクライナ情勢、歴史認識問題、国防問題等々上げれば切りがないのですが、皆さんは小林よしのり先生のゴーマニズム宣言シリーズや動画に触れられ、それが大なり小なり、一つの基準になっていると思います(多分)。

 

 

現在「コロナ禍」を経験し、連日の報道を疑問に思う人と思わない人。

意見が違っても話せばある程度まで理解出来る人と全く理解出来ない人がいます。

それは皆さんもそれは日々身近に感じておられると思います。

 

 

私が疑問に思ったのが、以下、小林先生の作品を一旦抜きにして考えて欲しいのですが、

 

①皆さんは世に飛び交う情報の真偽をどういう基準で判断していますか?

 

②またその方法はどういうものでしょう?

 

③また、「コロナ禍」でよく見るテレビの政治家や専門家の発言を簡単に鵜呑みにする集団心理について、何が原因と思われますか?

 

因みに私自身は、多様な意見同士を読み比べたりします。

出来るだけ「誰がいつ書いたものか」を特定出来る様、著書を読むようにしています。

 

そこにテレビ・新聞の論調とネット情報(これも名前や責任の所在が特定出来るかどうかを大切にしています)を見比べています。それでもよく分からないものもあります。

 

もともとテレビを疑う所があったので、それでなのかも知れませんね(単にアマノジャクなのかも)。

 

皆さんはどうしておられますか?

 

 

 

(管理人カレーせんべいのコメント)  

 

 

うぅぅ。これは問われてみると、回答するのはなかなか難しいですね。

 

私自身は「情報の解釈間違い」をいっぱいやらかしていますし、考えを改めることはなんてのはしょっちゅうですから(;^ω^)

 

グッビオのオオカミさんの「多様な意見同士を読み比べる」というのは理想的だと思いましたし、立派ですね!

 

・・・

 

① 皆さんは世に飛び交う情報の真偽をどういう基準で判断していますか?

 

受け取った情報を咀嚼した結果「自分が納得(理解)できるかどうか」ですね。

次の回答で補足します。

 

 

② またその方法はどういうものでしょう?

 

私は「自分の言葉として紡いで、他人に説明できるか?」を重視しています。

 

たとえば仕事を部下に伝える際に、案外説明できないことが、あったりします💦

それは自分自身が仕事を理解できてない証拠であり、「納得」をせずに仕事としていたのだと反省します。

 

自分の頭で考えるってのは「自分の言葉になるまで物事を落とし込めるかどうか」だと思っています。

 

 

③ また、「コロナ禍」でよく見るテレビの政治家や専門家の発言を簡単に鵜呑みにする集団心理について、何が原因と思われますか?

 

それは「メンドクサイから」が原因だと思いました。

自分で考えるのはめんどくさいことですし、ましてや人と意見がぶつかったりするのは、かなりめんどくさいことです。

 

政治家や専門家に限らず、「上の立場の人がそう言ってるから」とアッサリ受け入れてしまえばホント楽ですし、ほとんどの人が、そうやって日々をやり過ごしていると思います。

 

・・・

 

今回改めて考えて思ったことは、私は「自分自身から生み出したオリジナルの考え」というのは無いということ。必ず、誰かから影響を受けているということです。

 

小林よしのり先生からの影響が最も大きいですね。

 

そして最近では、ゴー宣ファンの皆様からの影響も大いに受けています。

 

”情報の解釈”についても同様で「インプットは人から受け入れて、それを自分の言葉でアウトプットできたものだけが、自分が得た情報である」という感じですね。

 

 

うーーーーん、答えになっているのかしら?(;^ω^)

 

皆様はどうなのかな?



 

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コメント: 17
  • #17

    まよせん (木曜日, 10 3月 2022 00:02)

    最近のテレビニュースはウクライナコロナの無限ループですが、その前はNHKであっても事件事故が大々的に報じられていましたね。殺人なら被害者や加害者の過去、どのように殺したかをCGまじえて詳しく…
    一昔前は北朝鮮の日常がなぜか毎日のように放送されていました。
    また夕方のニュースではグルメや万引きGメン、スズメバチハンターが特集として放送されています。
    でふと思いました。これは必要な情報なのかと。結局は視聴率が取れるかどうかなんですよね。

    また私は鉄道を趣味にしていますが、鉄道事故が起こると自称鉄道専門家がニュース解説で出てきます。これが結構適当だったりして、またその専門家の著作がトンデモだったりするのでテレビに出る専門家ってアテにならないと思いました。
    福知山線の事故のあとしばらく、JRで数メートルオーバーランしただけで安全意識がどうとかいちいち報じられていました。
    そんなの時代と国内外問わず日常茶飯事なのに。
    なのでマニア気質ほど報道のおかしさに気づきやすいかもしれません。

  • #16

    リカオン (水曜日, 09 3月 2022 21:39)

    ①皆さんは世に飛び交う情報の真偽をどういう基準で判断していますか?

     コロナに関しては自分の分野(ウイルス専門ではないが宮沢先生と同業者)なので免疫学の基礎や人畜共通感染症の資料を見返したり、SNSでコロナについて発信しているものは自分の学んだ知識で判断しました。判断つかないものは保留し、宿題にして、ヒントになるものや手がかりを見つけたらまたそこで考えるようにしています。
     今回コロナについては人体実験と同じ状態なので申し訳ないけれど観察もしています。mRNAワクチンを打つと〇〇のような症状が出ると言われていたものが次々と現実化しているのを確認しています。(自己免疫疾患の悪化、癌の再発、突然死、生理不順など)
     また、政府の反応が(情報統制とかワクパスとか)露骨なので余計怪しく感じてしまう。(なんでみんな感じないのか?)

    その他の問題、国際的な問題は宗教的、文化的なものも反映すると思い、色々な意見(小林先生を含む)や本を読むようにしています。

    ②またその方法はどういうものでしょう?
    色々な意見の中で最終的に腑に落ちるものを選択。腑に落ちない場合は保留にして頭の片隅においておき、宿題にします。

    ③また、「コロナ禍」でよく見るテレビの政治家や専門家の発言を簡単に鵜呑みにする集団心理について、何が原因と思われますか?

     私よりも優れた同業者や実績のあるウイルス学者までもがコロッと騙されて3回目接種の予定を入れているのを見ると免疫学を学んだのはなんだったんだと思いますが、職場では組織の中で上意下達の精神は崩せずNOとは言えない仕組みみたいです。反発することすら憚れる雰囲気。学問よりも組織を乱さないことが重んじられている。

     一般の人はテレビが言っている事や行政が決めたことに反対する人をめんどくさい人と見ているような気がする。白土三平の劇画に出てくる村人が、厄介事をさけるために、敵(支配者)ではなく敵と戦う者を村から追い出そうというあの感じと共通のものを感じる。小林先生が言うところの八墓村の住民か。結局自分や身内を守っているつもりなのかな?

     主人は私よりもテレビを見ている時間が多く、簡単に洗脳されていくのがわかります。(その都度、議論することでこちら側に引き戻しています。)医者はやっぱり権威で、何の根拠を示さなくとも簡単に信用してしまう対象のようです。

  • #15

    グッビオのオオカミ (水曜日, 09 3月 2022 21:24)

    我ながら改めて読み返すとと難しい問いですね(本一冊書けそうな課題ですね)。
    皆様のご意見一つ一つがとても参考になります。本当にありがとうございます。ちなみに今週発売の「SPA!!3月15日号」のゴーマニズム宣言でも小林先生が近いテーマを少し触れていたように思います。
    皆さんの意見を聞いた上で自分なりにもう一度振り返ってみると。
    ①は、やはり著書を読み比べる事ですね。「コロナ禍」に限って言えば、ウイルス学者の「ウイルスとはそもそも何だ?」免疫学者の「免疫とはそもそも何だ?」政治評論家や社会評論家の「世の中全体で何が起きてるか?」等読んだ本の反対意見や敢えて畑違いの著者の本も読みますね。
    それと並行してテレビ、新聞、ネット情報を見比べる事。
    後は職場の人や、家族と話をしたり、町行く人の様子を見たり、「生活実感」も結構大事ですね。
    この辺はまーだるさんに近い気がします。
    後は時間の経過と共に個々の意見や世論がどう変化していくのかにも注意を払いますね。
    SRさんやかわじさんが言うように客観性と確認でしょうか、
    つまり納得出来る「論理の整合性」と「根拠の確認」をしようとしてるのでしょうね。辻褄は合うか、どこまで根拠があるか、それは本当に妥当なものかどうか。
    後は実感と比較で感覚的にイメージを掴む・・・想像力を働かせて「洞察と推理」自分なりに仮説を立ててますね。
    後は「誰が」と言うのは、その著者のこれまでの仕事や思想傾向から「信用度」も見てますね。
    ②は公共の統計を見比べる事、引用されたデータや資料が本当かどうかですね。①と被りますが、素人には限界もあります。
    ③はねこだるまさんがおしゃる通り、深堀りすれば「日本人論」になりそうですね。
    カレーせんべいさんが仰る通り「メンドクサイ」とねこだるまさんが言うように「恐怖に憑りつかれたから」も納得ですね。私はそこに社会の出来事に「関心が無い・興味が無い」もある様な気がします(仕事と生活で忙しいから仕方無い所もありますが)。後は「周囲に合わせると楽」とみんなと一緒が「安心」これもある気がします。
    確かに優先度や重要度が低い事(例:昼ごはん何食べる等)をイチイチ検証しませんが、大切な事までなし崩しではいけないとは思いますね。
    思考停止が「大衆化」と「凡庸な悪」を生み、それがファシズムや差別を助長すると思います。

    昔、2004年頃、小泉政権による郵政選挙がありましたね。
    私は職場の同僚にアメリカ領事館の公式HPで誰でも見れる「年次改革要望書」がある事を伝えたのですが、「なんだ、陰謀論かよ」でそれ以上話が進まなかった経験があります。
    「コロナ禍」でも、陰謀論・デマ・トンデモ、色々な言い方が聞こえて来ました。
    ある意見が陰謀論であるかないか、自分自身も含めて皆さんの意見を聞いてみたかったのです。
    今、ウクライナ情勢も有りますが、意見が結構分かれていると思います。
    私はまだこの件は十分に学習出来ていないので、取りあえず、ネットとテレビで色々な論者の意見やツイッターを参考にし、自分なりにイメージをする努力をしています。

    でもまあ・・・結局、途中で間違いに気づき訂正、修正する事がとても多いですね。実際は。
    まだまだ他の方の意見も引き続き聞きたい気がします。
    長文、失礼しました。

  • #14

    しおちゃん (水曜日, 09 3月 2022 13:17)

    この質問、物凄く考えさせられます。
    回答が難しいので思った事書きます。

    高校生からゴー宣に触れて27年、社会問題は小林よしのりのフィルターを通してきました。
    その頃からTV、新聞、マスコミ関係は疑えと習ってきました。ゴー宣がなかったら、正直どの様な思考をしてたかは想像すると怖いですね。純粋まっすぐ君一直線だったかは否定出来ません。

    わたしは、天の邪鬼気質、ひねくれ気質、疑い深い性格が自然と物事を客観視出来る重要な要素と思っています。(こんな事言ってますが、過去数多く失敗してます)

    世間の流行に関しても、一旦は引いて見てしまう冷めた感情が歳をとるにつれて増えて来ました。
    松本人志氏の著書「遺書」か「松本」にあった「流行を追うんじゃなくその真逆に行って、振り向かせる」的なフレーズに物凄く影響を受けたのもありますね。

    今回のワクチン接種に関しても、正直言えば「皆んながやるなら逆にやらない!」ってとこ何処かにありました。

  • #13

    SR (水曜日, 09 3月 2022 12:35)

    意思決定に必要な情報は以下の3つを満たす必要があると言われます。
     1.真実性(正確性)
     2.適時性
     3.網羅性
    私はこれに納得していて、重要な判断であればこそ3つの視点で情報を吟味します。

    1.真実性:
    「合理的で納得できる内容か」「客観的なデータに基づくか」「発信者の隠れた意図(自身の利益)が無いか、その意図(利益)を隠していないか」

    2.適時性:
    タイムリーな情報と言えるか。
    昨年9月のアンケートを使ったりしていないか。

    3.網羅性:
    偏った情報になっていないか。
    真実であったとしても、意図的に選び出された情報群ではないか。

    ワクチンに関する情報は「製薬会社等の意図(利権)が絡んでおり」「時には古いデータが最新の様に示され」「有効性のみ抽出(しかも装飾)して並べてられている」ので、打つかどうかの意思決定には全く使えません。

    鵜呑みにする集団心理としては私も「メンドクサイ」だと思います。
    「1.誰が」「2.何を言うか」ですが、どちらが大事か問うと「2」と答える方が多いと思います。しかし現実の行動は「1」が多く、例えば「宇宙人と遭遇」といったニュースでも、「日経新聞記載」なら信じて「東スポ記載」なら笑っておしまいになると思います。
    内容を吟味するのは「メンドクサイ」ので、「誰が言っているか」が判断基準になるのだと思います。
    その意味では、「ワクチンは危険である」と山中教授あたりが改心して発言してくれれば、、、、と思ったりします。

    ちなみに私の場合ですが、「小林よしのりが言っている」は信じてしまいます(笑)。

  • #12

    やすまさん (水曜日, 09 3月 2022 10:04)

    自分の中で一番簡単な基準、ヒステリックに喋る人は何処か自分の考えを盲信していると感じます。逆に冷静に話す人は(とりあえず)信頼がおけます。

  • #11

    ナオジ (水曜日, 09 3月 2022 08:31)

    コロナ禍では、様々な情報が最初は翻訳・要約されて目に入ってきますので、必ずその大元を探して、英文の場合であれば、全文をGoogle翻訳で訳したものを読んで判断しています。
    ウイルス学的な知識は自分の本業柄(獣医師)、皆さんより少しだけアドバンテージがあるので助かっています。
    現在では、たとえインパクトファクターの強い医学雑誌からの情報であっても、研究発表者の意図的な操作で求められる結果や考察が変わることも知りましたので、自分に有利な研究結果であっても一旦は天の邪鬼な視点で見るように心がけています。

  • #10

    ねこだるま (水曜日, 09 3月 2022 07:04)

    ①に関しては相当適当ですね。明確な基準は自分の中にないかも知れません。
    ただ、妖しい情報を判断するのに「真実」や「正しい」を連呼している発信者は信用しません。
    「正史史観」が信用できないのと同様、正しくなくて間違っているから正しいだの真実だの言うわけで。
    あと、トンデモ、詭弁、強弁は自分の中で差別するようにしていますね。
    もうひとつ、正しいことと政治を混同しないことかな。政治は結局損得の世界であり、理想や正しいことを実現するものでなく、人々のエゴを実現するものだと思ってます。
    コロナ状況で多くの専門家が間違えたのは、「人々を早く安心させなきゃ」という政治を医学や科学より優先させた結果だと解釈してます。

    「コロナワクチンを"打つ権利"」の 「鬱陶しいからワクチンの話しは止めてくれ」を遠回しに表現したものが「打つ権利」という SRさんのコメントにハッとしたんですが、なにかの考えや情報が正しいかどうかより、「なんのためにそれが存在するのか」という目的の方が大事なことは往々にしてあるわけですが「打つ権利」のときは気がつかなかった。

    「自分の頭で考える」とはどういうことなのかたまに考えたりしますが、問題解決の方法や、現実に対する解釈は自分で考え出すというかクリエイトした気分になるのですが、社会問題に対する判断なんて、既存の意見の選択にすぎなくてじゃんけんとか占いでどれにするか決めても「自分の頭で考えた」ことになるのかな、と投げやりに考えたりもします(笑)。
    選挙の投票と一緒で「何故」が問われることは殆どないわけですし。
    ②関しても一緒に言ったので省略。

    ③に関してはもっと考えないといかんかもですねぇ。
    カレーせんべいさんの「めんどくさいから」に加えて、「恐怖に取りつかれたから」ということ言えますが、「思い込んだら試練の道を」みたいな精神主義もあると思います。
    木村盛世氏は「カミカゼ」と表現してましたが、神秘主義になっちゃってんですよねぇ。
    日本人は「何故?」と問うことが野暮であるとか、先人の考えに疑議をさしはさむのは無礼であるみたいな抑圧的なとこがあるのも関係してるかも。

    いずれにしても、コロナ状況での日本人の集団的なあり方をツッこむと面白い日本人論が出てくると思います。

  • #9

    かわじ (水曜日, 09 3月 2022 01:40)

    僕の場合、まずは
    ★情報の出所をカクニンする。
    コロナ脳・ワクチン推進派はもちろん、そのアンチ勢力も出所不明なものを出してくる場合があるので、まずはそこをカクニンする。
    英文は引用を控える。読めないので(苦笑)
    SNSだったら出所をリツイート者にたずね、返信がない場合はなるだけ使わない。

    ★情報元が統計を取れる大きな組織の場合、「数字」と「見解」は別物として考える。
    厚労省・国立感染研究所・東洋経済オンライン等々…
    「数字」を観て、ヒトによる「見解」が組み立てられるというロジックが分かっていれば、
    「数字」の方が精度が高い可能性がある。
    (これは僕がサラリーマン時代に上司に「数字はウソをつかない」とさんざん言われてたのも
    関係あるかもしれません。無論、「数字」統計にフィルターがかかっていることも吟味しながら、ですが…)

    ★それが正しさを証明する論理として成立しているかどうかのカクニン
    よくSNSで反対派の「コロナウィルスは存在しない」「存在証明がない」という意見をたまに聞きますが、これは
    「旧型を含めたSARSやMARS、動物系コロナウィルス全般の存在をも否定するのかどうか?」
    「コロナ以外のウィルスの存在証明はきちんと確認しているのか?
    また、存在証明の問い合わせ先が適切なのか?」
    という反論に応えられているツイートを今まで1件も見たことないので、この手の情報には僕は
    便乗しないようにしてます。

  • #8

    平井智也 (水曜日, 09 3月 2022 01:12)

    触れた情報の密度具合、論理の組み立てがどうか、などが基準になっています。そして、触れた情報とその他の情報を見比べ真偽を判断しています(つもりです。しくじる事多数!)。

    場合によっては、直感で判断する事もあります(例:ゴー宣道場で井上先生が遺伝子ワクチンの事に触れ、「スパイクが血栓を誘発する毒タンパクである」を聞いただけで、瞬時にヤバい代物だと直感)。

    テレビ(報道、情報番組等)そのものが洗脳装置であると自覚しているか否か、全てはそこが分かれ目ではと思ってます。それこそ、たけし社長が仰ってた世論がどう形成されているかの指摘は、とても的を得ていると思いました。

  • #7

    源ちゃん (火曜日, 08 3月 2022 23:57)

    ①昔はテレビや新聞を読んでなんか分かった気になってましたが、モリカケ問題の時から既存メディアは全く信用出来ず、このコロナ禍で完全に捨てました。よしりん先生のコロナ論や、ゴー宣道場に参加された先生方の著書を読んで勉強してます。
    ②私も自分で説明できるか?ですね。ただ、職場の上司と議論しても業務命令で片付けられてしまうので、悔しい思いをしてます。
    ③人間の脳は楽をしたがる。特にミーイズムな日本人にはマスクというのは他人との同一性、やっかみ、争いごとを避けようとする国民性にはピッタリなのでしょう。こんな家畜以下の国民が偉そうにロシアを批判できるのか?と思います。この点はよしりん先生とはまだ認識のずれがあります。

  • #6

    みのかさご (火曜日, 08 3月 2022 23:42)

    何が正しいかよくわからないことが多いのですが私の場合は「腑に落ちるかどうか」で判断しています。

  • #5

    はな丸 (火曜日, 08 3月 2022 23:40)

    ①自身の常識感覚、価値観、感性、知識等と照らし合わせて、その情報が「ストンと腑に落ちる」か否か
    ②ひとまず得た情報は、疑いの目で見るように心掛け、頭の中で咀嚼してみる(重要な情報のみ選択して。いつもそんなことやってられませんし)
    ③日本人特有の個の弱さ、均一性、同調圧力、権威への弱さ、忖度、悪い意味での純真さ、幼児性、思想を放棄させる学校教育etc.

    こんなところですかね~

    ③は言い過ぎたかな・・・

  • #4

    殉教@中立派 (火曜日, 08 3月 2022 22:35)

    私の場合「知識」は、自分の経験、肌感覚、「直感的に納得できるのか」などが基本。読書などから得る「情報」は、自分の中で咀嚼して、実践・経験に揉まれてようやく「知識」に変わる。
    そして、「具体的な行動」に移すときは、自分の築いた思想・信仰している宗教と、最低限矛盾しない道を模索する。「それが間違っていても、俺は後悔しない」と自信を持っていたい。
     真偽の判断+具体的な行動、1つでワンセット。

  • #3

    リニモ1号 (火曜日, 08 3月 2022 22:31)

    少し話は違いますが、私はかれこれ20年以上テレビは信用していません。バラエティ番組とかでサクラ(実際は派遣バイト)に大爆笑させるのが大嫌いだったからです。同時に「そもそも面白くないのにサクラに大爆笑させるなんてあからさまなインチキではないか?」とも思うようになり、それがそのままテレビへの不信感につながっていったのかな……という気もします。

  • #2

    まーだる (火曜日, 08 3月 2022 22:26)

    興味深いテーマだと思います。私もいろんな人の考えが聞きたいです。

    ①情報の真偽の判断というのは難しい問題ですが、コロナに限っては単純明快で「コロナの脅威がまったく身近に感じられない」ということが大きかったです。そこにコロナ論や井上先生の著書がバシッとはまったわけで。なので生活実感というのは判断の大きな基準になっています。

    ②私は真偽という視点からいったん離れて「利害」を見たりします。「これで得をしたのは誰か?」という目線は重要だと思っています(お金の流れとかですね)。特に戦争の場合はプロパガンダがあり、戦争の最中はメディアの報道にもバイアスがかかっているのは間違いないので。数年後に新事実や資料が出てきて評価ががらっと変わるなんてことはよくあることですよね。
    あとグッビオのオオカミさんと同じで本を読みます。ネット記事や動画もいいんですが、物事を根元から説明しているものを読めば「これは信じられるかも」「これは本当かな?」とある程度の判断がつけやすくなります。

    ③の答えからは外れるんですが、コロナなんて天地ひっくり返るくらいの事態になってるのになんでTVから一方的に流れてくる情報だけしか見ないで、自分から情報を取りに行く人が少ないのか自分には理解できません。せっかくインターネットや書店などにふんだんに情報が手に入れられる状況はあるのに・・。みんなもっと自分で考えたり議論したりしたほうがいいですよね。

  • #1

    パワーホール (火曜日, 08 3月 2022 21:55)

    私は、物事に懐疑的になる姿勢を常に崩さないことだと思います。コロナ騒ぎが始まるころから、岡田晴恵を見ているとウイルスに対する敵意や恐怖を振りまく態度に辟易していましたし、あまり好感は持てなかったです。それに、テレビの自称専門家には、偉そうな奴や下品な奴が多いとも感じていました。