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週刊SPA!7月21日号 第92章「スウェーデンの死生観」


 

タッチ&ゴー

《収録参加》

皿:皿うどん

え:えみりん

た:たっちゃん

カ:カレーせんべい 

  

《収録》

2020年7月14日

 

週刊SPA!7月21日号

ゴーマニズム宣言 第92

 

スウェーデンの死生観  

 

え:今週のゴー宣を読んで、スウェーデンの死生観というのを詳しく知ることができました。スウェーデンの国民は「延命治療は虐待」という意識があるというのは以前のゴー宣にも書いてありましたが、さすがに「寝たきりゼロ」には驚きました。

 

た:寝たきり老人がいたとしても、本当に終末期の数日から数週間だけなんですね。

 

カ:日本では寝たきり老人が150万人から200万人ほどいるのにね。

 

え:老人介護が何よりも本人の意思が尊重されていて、散歩に行っていいとか、お酒を飲んでいいとか、介護のスタッフが手伝ってきれいな服を着せて食堂で食事を楽しむっていうことが描かれていましたが、きれいな服を着て食事を楽しむというのはすごく大事なことなんやなって改めて思いました。

 

カ:「死ぬ直前まで、人間らしさを手放さない」という印象を受けましたね。

 

え:そうですね。寝たきりのまま流動食を食べるのではなくて、このような生活をした方が、かえって元気に過ごせると思いました。

 

カ:気力を保つ方が健康にもいいですよね!

 

え:そんなスウェーデンでも、80年代までは無理な延命治療が行われていたんですね。最初から今の価値観があったのではなくて、自分たちで考え方を選択してきたというのは、さらにすごいと思いました。

 

皿:なるほど。

 

カ:日本でもこんなふうになれるのかなって考えさせられました。

 

え:共同墓地っていう考え方もすごいなって思いました。「国は一つの大きな家族である」という考え方を実践しているんですね。ただ、お墓参りはどうするのかなとちょっと気になったけど。

 

カ:私は共同墓地という考え方は、これからの日本でも受け入れられると思います。今だってお墓の継承なんて現実的には難しいですよ。核家族が当たり前になっている現代で、一族の墓を世話し続けるなんて、いささか無理がありませんか?

 

た:そうですね。

 

カ:スウェーデンは、子供と一緒に暮らしているのはわずか4%とは、すごく少ないですね。しかし「だからといって関係が希薄なんじゃなくて近所に住んでいて頻繁に行き来している」というのは素晴らしい。

 

え:「自立した強い個人が尊ばれる伝統」があるからこそ、自分の人生を楽しんでるっというか、ここまで強い個が持てるものなのかなと思いました。

 

カ:ただ、スウェーデンのような老後のあり方や、親と子のあり方についての価値観は、日本においてもこれから浸透すると私は感じました。

 

え:だけど「日本は核家族化が進んだとはいえ、44%の老人が子供と暮らしており、親の老後は『家』で見るものだという観念もまだ強い。これは儒教の『祖先崇拝』の信仰と結びついた感覚だ」と描かれていましたよ。

 

カ:そこはどうなのかなー?  皆さんは自分の中に「祖先崇拝」の感覚ってありますか?

 

た:うーーーん、どうかな?

 

カ:もしかすると日本人の無意識レベルにあるのかな?確かに「親の介護は子供の義務」という感覚があるのは多数派なのかもしれないです。皿うどんさんは、実際に介護をされていますよね?

 

皿:まあやらさせてもらってます。僕ぐらいの年代の方はそういう人は多いと思いますけど。

 

カ:皿うどんさんのご両親はおいくつですか?

 

皿:2人とも70代後半です。

 

カ:私の両親も70代後半なんです。同居はしてないけど、週末には帰るという生活をしています。ある意味スウェーデンに近いですね。

 

◆◆◆

 

た:最初のページの「人間の死亡率は100%なんだぞ!」というセリフ。真実なのに、案外忘れがちな気がします。

 

カ:日本のコロナヒステリーの根っこには、死を忘却していることが原因にあるのかもしれませんね。

 

た:ちょっと前に社長の家でバーベキューがあって、社長の知り合いが何人か来てたんですけどね、その中に素敵な家族が来られてたんです。娘さんが2人の4人家族で、旦那さんがとてもいい人で、奥様も元気で、娘さん2人も可愛くて。その旦那さんが、酔っ払ってたからか、「いやー、不老不死の薬、できてくれないですかね~」って言ってました(笑)

 

カ:独裁者最後の夢を、かる~く言うなぁ(笑)

 

た:幸せそうな家族だったし、だからずっと生きていたいって思うのでしょうね。なのでスウェーデンみたいな死生観とは、日本は違うんじゃないかなって感じます。

 

カ:たっちゃんご自身の死生観は、「今すぐ死にたいわけじゃないけど、いつ死んでもいいや」という感覚でしたよね?

 

た:そうです。ただ中学生ぐらいのときは「死にたくない」と強く思っていましたけど、今となっては「毎日真剣に生きたほうがいい」と考えるようになりましたね。

 

カ:偉いなぁ。立派だなぁ。

 

た:よしりん先生は欄外コメントに「安楽死したい」と書いてるんですけど、僕もできることなら安楽死がいいですね。

 

カ:ほーーー、そうですか。

 

た:そして「若い世代が高齢者のお世話のために人生を費やすのは不合理なのだ。」と述べられていたのはまったくその通りだと思います。

 

カ:そこは私も強く同感です!

 

た:実際に介護のために仕事を辞めるという話はよく聞くじゃないですか。テレビでドキュメンタリーになったりもするし。僕の親は60代半ばだから、まだ将来の介護の実感があまりありませんし、親がどう思ってるかも分かりませんが、僕は個人的には介護はしなさそうな気がします。親から「してくれ」って頼まれたらやるかもしれませんけど。

 

カ:たっちゃんの場合、親の介護のために長年勤めている京都の会社を辞めて、実家のある愛媛に帰ることは、想像がつかないという感じですね?

 

た:はい、そうです。それに、親だってそんなことを望んでいないんじゃないかなって、勝手に感じているんですけどね。

 

カ:そんな気はしますよね。

 

た:わざわざ子供の人生をしんどい方向にさせたいと思っている親は少ないんじゃないかと思っています。だからこそ「若い世代が高齢者のお世話のために人生を費やすのは不合理なのだ」というのは納得したんです。ただその一方で「日本は核家族化が進んだとはいえ、44%の老人が子供と暮らしている」というのは、割合がすごく高いなと正直驚きました。

 

◆◆◆

 

カ:たっちゃんとえみりんさんと私は介護について自分の意見を述べましたが、皿うどんさんは実際に介護されてるお立場ですので、異なるご意見もあろうかと思います。その辺も含めて今週のゴー宣の感想を教えてもらえますか?

 

皿:ではまず今週のゴー宣の感想から。スウェーデンはキリスト教の影響が強い国で、そこから生まれた死生観について描かれていましたが、日本は儒教の影響はあるけれど、中国と韓国とは違って全く血縁のない人を養子に入れたりすることから「異姓不養」の文化ではないので、むしろスウェーデンに習うことができるという話が興味深かったです。

 

た:日本は儒教の影響はあるけど、中国や韓国よりはスウェーデン型に近いと言えるわけですね。

 

皿:僕自身の死生観ですが、僕は子供の頃はヒーローものが好きだったので、改造人間やサイボーグになれたら歳もとらないし、死なないし、体も強くて病気にもならないので良いなと思ってました。将来は仮面ライダーやキカイダーになりたいと憧れていたんです。

 

カ:皿うどんさんの似顔絵イラストは、えみりんさんが「キカイダー」に描いてくれましたよね(笑)

 

皿:僕が小学校の高学年のとき「銀河鉄道999」という作品が流行って、親に頼んで映画を見に行ったんです。主人公の少年は、母親を不老不死の機械の体を持ってる奴らに殺されてしまって、復讐の旅に出るんです。母親を殺した奴を倒し、自分も機械の体になって永遠の命を得るという目的を胸に秘めて。だけど、旅の途中で色んな人との出会いがあり、最後の星にたどり着くときには、不老不死の体を得るために旅に出たものの、限りある命が大切だと分かった、というメッセージが作品の中にあったんです。

 

カ:「銀河鉄道999」という作品は、少年時代の皿うどんさんの死生観に変化をもたらしたんですね!

 

皿:そうなんです。改造人間になりたいとかサイボーグになりたいっていう気持ちが、ドカーンと打ち砕かれました。

 

カ:それが「作品のパワー」というやつですね。

 

皿:そして両親の介護の話ですが、僕もたっちゃんが言ってたみたいに、最初は全然考えてなかったですよ。

 

カ:そうだったんですね。

 

皿:僕は最初は長崎で仕事に就いてたんですけど、途中から福岡に出て長いこと仕事してたんです。一生やっていこうと思ってたんですけどね、親父とお袋が具合が悪くなって、そのときに自分自身も病気になったんです。仕事を辞めなきゃいけなくなって、それで長崎に戻らなきゃいけないことになったんです。

 

カ:長崎県に戻ったのはおいくつのときですか?

 

皿:40過ぎですね。厄年になって、ちょうどそういうのがぶつかったときで、それが人生の転機でした。

 

カ:そうでしたか。

 

◆◆◆

 

皿:先日のゴー宣道場で笹幸恵さんが話されていましたが、自分が子供の頃は、友達が水疱瘡に罹ったら、親が免疫をもらってこいとわざと友達のそばにいさせて感染させるというのが、確かにあったなと思い出しました。今の日本ではコロナで過剰にビビっていますが、僕と同じ年代の人は子供のときにそういう経験が無かったのかなって思いました。

 

カ:「菌の一切を遠ざける」という態度は、「死の一切を遠ざける」ことにも通じるのかもしれないですね。

 

皿:昔は外で泥んこになって遊んだりとか、青っぱな垂らして、口の中や手も泥にまみれてましたよね。

 

◆◆◆

 

カ:今週のゴー宣は、スウェーデンの死生観がテーマになっていますが、「日本人がコロナで右往左往するのは死生観がないからだ」というのを訴えているように感じました。

 

た:カレーさんの死生観とは、どういうものですか?

 

カ:実は私、死生観が無いです。

 

た:無いんですか?!

 

カ:私は長生きをしたいと思っています。やりたいこと、やらなければならないことがたくさんあるからです。『ホームページ50年構想』もそうですし、『カフェ文化の創設』も口先だけでは終わりたくない。だけどもし仮に、そういう志が消え失せたとしても「楽しみにしている連載漫画を読むために生きる」というのだって、私は別に構わないと思っています。

 

た:なるほど(笑)

 

カ:自分の利益の為に他人を犠牲にするとか、そういう卑怯なことをしてまで生きたいとは思わない、だけど特別な理由が無い限り死にたくはないです。また、自分が知ってる人達はできるだけ長生きしてもらいたいと思っています。

 

◆◆◆

 

カ:やや大げさに言えば、私は自分の死生観を持つために生きている気さえします。今までの人生で一番強烈な体験だったのは、数年前、父親が倒れたときです。

 

皿:はい。

 

カ:仕事中に病院から電話がかかってきて「お父様が救急車で病院に運ばれて、今、集中治療室に入っています。今後の治療方針について息子さんに同意をいただきたいので、すぐに来てください。」と言われました。私は「母はそばにいないんですか?」と質問したのですが、「お母様はショックで倒れて、今は点滴を打ってます」という状況で・・・。とにかく私はタクシーを飛ばして病院に向かったんです。

 

え:それは大変ですね。

 

カ:父親は肺気腫で倒れて意識不明でした。集中治療室でマスク型の人工呼吸器を付けていた状態でしたが、血液中の酸素濃度が死亡水準まで下がっていたんです。医者からは、このまま人工呼吸器による治療を続けると死んでしまうと説明されました。そして「管を通す治療に同意をしてください」と言われたんです。

 

た:決断を求められたんですね。

 

カ:管を通してしまったら、植物人間と呼ばれるような状態になるでしょう。父がそんなことを望んでいないということは、私は長年の会話から重々知ってたんです。だけど、そんな治療はやめてくれ、とはどうしても言えなかった。結局、管を通すことを了承してしまったんです、僕は。

 

え:そうでしたか。

 

カ:ところがどういうわけか、親父が覚醒して目を覚まして、本当に今にも死んでしまうくらいに危険な状態だったのですが会話ができたんです。私は「お父さん、管を通すけどええかな?」って聞きました。すると父は激怒して「退院させろ!死なせろ!」って叫んだんです。「そんなことまでして生きたくない!」「魂には限度があるんだ!」って啖呵切ったんです。本人がそう言うからには治療方針の同意もへったくれもありません。私はお医者さんに「マスク型の人工呼吸器による治療を全力でお願いします。もしそれで死んだとしても本人も家族も納得です」と伝えました。そしてこれは結果論ですが、父親の命は助かったんです。

 

皿:すごい話ですね。

 

カ:一命をとりとめて退院した直後、父は「終末医療について」と題して一筆書いてくれたんです。それは家族が判断を迷わないようにと。今週のゴー宣を読んで、どうしても通じる事柄なので、これを読み上げて、私の感想を終わりにしようと思います。

 

 

『終末医療について』

 

 食物をとり、空気を呼吸する。

生き物としての人間の根本である。

食物がとれなくなったり、

呼吸が出来なくなったら、

それは生き物の命の終りだろう。

 

 私がこの先食物がとれなくなったら、

それを自分の命の終りとして受け入れるから、

決して「イロウ」の処置はしないで欲しい。

 

 また、呼吸に深刻な問題が生じた場合には

それが自分の命の終点だと思うから、

決して人工呼吸器挿管はしないで欲しい。

 

 「イロウ」で生かされる命や人工呼吸器に挿管され提示される命、

これは本来の生命体としての命を終えた後なお生かされるゾンビのような存在であって、

自分の命ではないと思う。

私はゾンビにはなりたくない。

 

平成27年1月21日

(署名・捺印)

 

◆◆◆

 

カ:これが父の死生観なのだろうし、私もゴー宣を読んで色々と学んでいるはずなんですが、それでもやっぱり、自分の死生観と言える哲学を持つまでには至ってないんですよね。普段は勇ましいことを言えたとしても、土壇場の場面できちんと判断できなかったのだからニセモノです。今回のコロナの騒動でも、老人が自分の命のために若者や子供を外に出さないようにしている現状を見ていると、「死生観を持たない者は美しくない」と感じてしまいます。だから今週のゴー宣を読んで突き刺さるものがありました。客観的には見ることができない章でした。

 

皿:そうですね、確かに土壇場になると、人間は分からないですよね。僕も入院したときに自分の欲望がバーっと出て死にたくないって思っちゃいました。

 

カ:それはそれで「命として健全」だとも思うんです。「死にたくない」と思うのであれば、それは生きようとしているのだから健全だと思うんです。だけど、本人が望んでないのに虐待に近い延命をしてしまうっていうのは正しくないし、ゴー宣の最後のコマにあった「自分の心臓さえ動いていれば、社会や若者の活力を奪ってしまってもいいという『生命至上主義』の日本人が、スウェーデンのコロナ対策を否定するのは醜悪である。」はその通りだと思いました。美意識を持たない人間は人間じゃないわけです。

 

皿:医療が高度になってしまったがゆえに、色々な病気が治ったり、軽減されたりできるようになりましたが、その一方で日本人の死生観を変えてしまったという側面もあると思うんです。

 

カ:私は死生観を少しずつ形成しようとする上で「上皇陛下の振る舞い」に大きな影響を受けました。これまでは土葬だったのを、火葬に変える決断をされたり、葬儀や墓所の簡素化を希望されたり。そして何よりも『生前退位』です。生前退位こそが、上皇陛下の死生観の結晶であると私は感じるんです。

 

た:なるほど。

 

カ:もし天皇が寝たきりになった場合は、全力で医療を使うことでしょう。それは仕方がないと思います。その間、摂政が置かれたとしても、国の象徴が国民の前に現れない時期が長く続くことになります。

 

え:そうですね。

 

カ:上皇陛下の振る舞いから、天皇としての務めを全身全霊で果たし、次世代に迷惑をかけない形で譲るという強い美意識を感じます。そして、美意識をもって生きることが人間の価値なんだと思いました。

 

皿:上皇陛下は、天皇としての務めを全身全霊で果たすことが難しくなったからということで生前退位されましたけど、今でもハゼの研究で論文を出されたりしてるんですよね。

 

た:今日のニュースに出てましたね。

 

皿:だから生前退位をしてからも、完全にリタイアというのではなくて、今でもガンガン意欲があるっていうのが、すごいですね。

 

カ:上皇陛下個人としてのバイタリティーというのは、まさに今日のニュースになってる通りで、素晴らしいと思います。

 

皿:だから生前退位といっても、「もうお爺ちゃんだから定年退職みたいな感じにしてあげたらいい」とは全く違う次元なんですよね。全身全霊で生きてこられ、その全身全霊の務めが自分の思うようにできなくなったから天皇としての立場を退くけども、最後の生を全うするまでできることはガンガンやっていくっていうエネルギーが今でも満ちておられるというのがすごいです。

 

カ:陛下の生前退位は尊厳の結晶だったと思います。尊厳を護る決断こそが人間の証なんだと思います。

 


《おまけ》

収録前の雑談

 

た:よしりん先生が、このタッチ&ゴー宣にコメントしてくれましたね!

 

皿:7月11日ブログ「世界のゴー宣ファンサイトの『ゴー宣』の感想会を読んだが、ああ、それを描かねばならぬなとヒントをもらった。感想会は役に立つ。」とのことです。

 

え:すごくうれしいです!

 

カ:もー、嬉しかった! これからもタッチ&ゴー宣を続けていこうと励みになりました!!

 

た:このタッチ&ゴー宣って、一体何人くらいが見てくださっているんですか?

 

カ:毎回200名以上見てくださっています。多い時で500名以上です。

 

皿:そんなに見てくれているんですね!

 

カ:ぶっちゃけた話、よしりんやトッキーさんが、ブログで取り上げてくれた週は、閲覧者が増えるんです。

 

え:やっぱり、すごい影響力があるんですね!

 

た:よしりん先生やトッキーさんに、とりあげてもらえるような座談会にしなきゃいけないですね(笑)

 

◆◆◆

 

カ:それから、ツイッターの小林よしのりbotさんが、タッチ&ゴー宣をリツイートしてくれたときは、閲覧者がドカーンと増えましたね。

 

皿:小林よしのりbotは、フォロワー数が急上昇していますよね。確か2000人を超えたと思います。

 

た:「世界のゴー宣ファンサイト」の閲覧数は一日400名弱と聞きましたから・・・5倍以上ですね!

 

カ:私はTwitter操作が大の苦手で、ほとんど見れていないんですが、【小林よしのりbot】さんのTwitterは見てます。ためになるし面白い! 正直、悔しいです(笑)

 

◆◆◆

 

え:ところでカレーさんは、タッチ&ゴー宣を辞めようと思ったことがあるんですか?

 

カ:はい、あります。

 

た:えーーー!?

 

カ:だって毎週決まった時間に収録するために、皆様にも毎週仕事の調整をお願いしないといけないじゃないですか? 

 

た:まぁ、それは確かに。

 

カ:収録が終われば、hisuiさんと協力しながら、文字起こしと編集作業をやって、これで毎週6時間以上かかっています。そうなると新コンテンツに着手する時間なんて無くなるんですよね。

 

皿:僕は「よしりん辻説法」の書き起こしと編集を担当していますが、確かに結構大変です。

 

カ:皿うどんさんがFLASH「よしりん辻説法」を担当してくださり、本当に助かっています!!

 

た:考えてみれば、よく1年間も続きましたよね。

 

カ:それはやっぱり「反響」があるからですね! 反響を頂戴することはモチベーションになりますね!

 

え:和ナビィさんは、毎回欠かさずコメント欄に感想を投稿してくださいますしね。

 

皿:感想を投稿してくださるのは、本当に有り難いですね。

 

◆◆◆

 

カ:なんとかあと1年。タッチ&ゴー宣を続けたいと思っています。

 

た:ところで、カレーさんは、タッチ&ゴー宣を辞めて、なにかやりたい新企画でもあったんですか?

 

カ:新企画はありますよ! SPA!やFLASHに登場するグラビアを見て、どれだけゲスな妄想を言えるか競い合う、題して、タッチあんど・・・、おさわり&・・・

 

え:これからも「タッチ&ゴー宣を」やっていきましょうね(笑)

 



コメント: 6
  • #6

    皿うどん (水曜日, 22 7月 2020 20:16)

    >たこちゃんさん

    アラフィフ世代は「999」ブームで影響を受けましたよね。
    メーテルと共に旅をした若者がどうなっていったかの結末も衝撃的でした。
    ハーロックやアンタレスやトチローやエメラルダスに憧れました。

    それ以前のサイボーグ009とかにも機械の身体の悲哀みたいなストーリーはあって、それはよく覚えているんですけどね。
    やっぱり、限りあるこの命をどう使うか、リスクゼロの世の中なんてないですからね。

    >希蝶さん

    ガラスのクレアのエピソードは哀しかったです。哀しかったけど、いろんな示唆に富んでいた話だと思いました。
    松本零士先生は、1938年生まれだから、小国民世代よりは下になるんでしょうかね。焼け跡世代になるのかな。でも、父親を通じて戦争を、死を生活の中で実感していた少年時代だったんでしょうね。

    御母様の話は胸が詰まりますね。私は、祖母が同じような状況で亡くなっていきました。私の場合は、入院前には話せたけど、入院中は祖母が話せる状態でなかったので話せませんでした。祖母が亡くなった時は、私も身体を壊して入院しており、最期を看取ることが出来ませんでした。

    御父様、大事になさってください。私も、老いた両親の介護をしております。

  • #5

    希蝶 (月曜日, 20 7月 2020 19:25)

    ありふれた感想になってしまうことをお許し下さい。
    カレーさんのおとうさん、立派だと感心しました。
    個人的な話をまた語りますが、私の母は、平成にはいる頃になくなりました。生前、父方の祖父に足を引き込まれる夢を見た、と語っていました。それだけ死は怖いものなのだと思います。死を恐れるな、と口に出すのはたやすいですが、言ふはたやすし、行ふは難し、なのでしょうか。
    その母は最後は苦しみながら病院でなくなってゆきました。それでも気丈な母は、自分に「明日は仕事だろうから、はやく帰れ」と言い残しました。
    祖父は明日入院するという前の晩になくなりましたが、亡くなるときは自宅で往生したかったのでしょうか。

    母の母、すなわち私の祖母は、百歳を越えて、眠るように施設でなくなって行きました。何も苦しむこともなく、往生できて幸せだったのではないか、と親族は語っていました。
    今号のゴー宣のスウェーデンの例と比べて、果たしてどちらが幸せだったのかと、自分は考えてしまいます。

    今は父が骨折で入院中ですが、自分も含めて、そんな立派な死生観を持てるかどうか、疑問に感じます。最近は親族が次々となくなってゆき、親も老化してゆき、自分もいつかそのようになるのだ、その時はきっと一人なのだろうとあれこれ思ったりします。

    どちらにせよ、人間はものを考えて、行動できるから人間なのだ、と改めて思いました。

    あまり深刻な話ばかりだと肩が凝ってしまうので、軽い話も。
    >皿うどんさん
    「999」、現在神奈川県で再放送しています。先日3話目(ガラスのクレアが登場する話)をやったのですが、ハードディスクの容量が足りなくて、最後の5分間が切れてしまいました。録画ミス、たびたびやるのですが、チェックが追いつかず、何とかならぬものか、と悩んでいます。
    またCSででも、まとめて放映して貰いたいものです。

  • #4

    たこちゃん (月曜日, 20 7月 2020 17:24)

    皿うどん様
     私もアラフィフですので、「銀河鉄道999」が死生観を考えるキッカケに
     なっています。「不老不死が決していいものではない」ということを知った
     時、子供ながらとても衝撃を受けました。

    カレーせんべい様
     私も母を亡くしておりますので、家族が決断を迫られる時の戸惑い、よく分
     かります。それにしても、お父上ご立派です。

  • #3

    和ナビィ (日曜日, 19 7月 2020 09:58)

    >免疫の継承という「歴史的な縦の軸」と、インフラの整備という「社会的な横の軸」が国によって異なる以上、新型コロナによる被害状況も国ごとに異なると言えますね。(カレーさん)

     おお、ここにも自分が立っている場所の「縦軸・横軸」があるとのご指摘、この視点は大事ですね。これを欠いてグローバルコロナ?!に煽り煽られて浮足立つ愚が蔓延しているのが「今」なのですね。

     第92 章のテーマはまさに「死生観」でした。今回のコロナ禍に関する論だけでなく、皆さん同様長くゴー宣を読んで来ると、当初からすべての【ゴーマニズム宣言】の底には深い「死生観」が流れていることを強く感じます。
     そしてそこには上記の「今自分が立っている所の座標---その縦軸・横軸を把握する」視点が必ず示されます。

     最たる「戦争論」然り、「大東亜論」然り「卑怯者の島」然り「原発論」然り、・・・枚挙に暇がないとはこのこと、というかそのその強靭な裏打ちのもとに先生はすべての作品を著してこられたのだとあらためて思います。

    (ゴー宣関係だけじゃない。「おぼっちゃまくん」だってギャグマンガだって、大笑いしながらいつの間にかそれが滲んでいる、沁み込んでいることに気付かされます。)

     いつの日か先生は【ゴー宣スペシャル・『死生論』】をお描きになるのではないかと、読者を続けるうちに思うようになっていました。今回のコロナ禍はまさに人々の「死生観」を炙り出し、その有無・質が騒動の元凶だということが露わになってきました。

     今のその戦いのさ中、来月発表される【コロナ論】、そして激しく進行中のSPA!ゴー宣コロナ論自体が【ゴー宣スペシャル・『死生論』】そのものかもしれない、と思います。この第92 章もその大きな一章と思いました。


     カレーさん、お父様がしたためられた『終末医療について』 真理と思いました。
     これを深く肯きながら読んだ主人が「うん、そうだ。俺もその通りにしたい。これを印刷しておいてくれ。」と言うので「あらためて自分の言葉でお書きなさいまし(^^)b」と申しました。

  • #2

    ぷー (金曜日, 17 7月 2020 23:31)

    カレーさんのお父さんは凄いね。
    そういう人は、家族や周りの人にも影響を与えるのだろうし、
    死生観も伝播していくのではないかな。
    うちの父親も数年前に亡くなって、そんなにカッコよくはなかったけれど、
    死と向き合う中で、いろいろ伝えてもらったものはあると思っています。

  • #1

    mayu (金曜日, 17 7月 2020 21:28)

    カレーさんのお父様の言葉「終末医療について」が印象に残りました。
    その通りだなと思いました。

    スウェーデンが羨ましいです。
    日本はスウェーデンみたいになれるかなぁ…。