≪思想≫日本人が携帯を手放すとき

 

投稿者:わたひきさん

  

初めまして。

 

コロナ禍で人恋しさが増し、携帯を辞める決意をしました。

 

この前携帯会社に入って退会の手続きをしようと思ったら、中の女性がしつこくマスクを促し、憲法13条の基本的人権の侵害ではないかと不満を持ちました、

 

 

昨日はカラオケスナックで井上陽水を熱唱してきました。

 

ああ彼の歌には全体主義への懸念がいつもあった。

 

彼は今何を思っているだろうと気になって仕方がありません。

 

「人々は学ばずに過ちを繰り返す/悲しみを拒み続けて」と言う歌詞は現代起きていることへの示唆に思えて仕方ありません。

 

「飾りじゃないのよ涙は」の最中一瞬歌詞を「飾りじゃないのよマスクは」と変えたらスナックのおばさんが慌ててマスクをつけていました。

 

「おやすみ」と言う歌を絶唱した後、帰りがけにおばさんありがとう、最高だったよ! と声をかけたら「あんた歌が好きなんだね」とおばさんが涙ぐみながら挨拶してくれました。

 

テレビラジオ新聞がどれだけプロパガンダで不満があっても、私のような社会的孤立に対し、無視するような見解を述べないことが救いです。

 

思うのですが、堀江貴文氏の言う「人と人が警戒し合う世の中」を越え「人と人が手を取り合う世の中」がもし、もう一度復権するとしたらそれは携帯を日本人が手放す時ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

 

 

(管理人カレーせんべいのコメント)  

 

 

御正論! されど手放せぬスマホ!

 

 

昨日、自治会の初会合だったのですが、とうとうLINEグループに入ってしまいました。

 

私はLINEグループには思うところがあって、あれは人を陥れることが容易過ぎるツールです。

 

もう二度とLINEグループには入らないと心に決めていたのに、この有様です。

 

 

私は今、ホームページとYouTube配信に力を入れていますが、どちらも「ネット」を駆使しているわけです。

 

ホームページは8000回、YouTubeは600回ほど閲覧がありますが、はたしてこれを「人とのふれあい」と呼んで良いのかどうか・・・。

 

しかしその中でも確実に「出会い」はあります。

 

たとえば、たけし社長とは実際に会ったり、ご飯を食べたりします。

 

二人で川沿いを歩いて、缶コーヒーを飲みながら、語り合う時間が一番楽しい。

 

 

要するに、携帯もスマホもパソコンも、所詮は「道具」、主体は「人間」。

 

「道具は使っても使われるな」ってところですね(^_-)-☆

 


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コメント: 10
  • #10

    近藤 (月曜日, 18 4月 2022 23:29)

    ちょっと面白い方ですね。
    LINEしますか?(笑)

    私もPHSを初めて買った時から、
    こんなもの持ちたくない、本を読まなくなる、
    と思いつつ、もう20数年…情けない。

    ちょっと前の、倉持弁護士のブルシットジョブ
    がテーマのyoutubeを観たのですが、
    産業革命自体が不要だったかも知れませんね。

    >「人と人が手を取り合う世の中」が復権
    私は日本にそんな時代はそもそも一度も
    無かったと思います。
    故・西部邁先生は、日本人は結局みな百姓だ、
    自分の田んぼさえ守れれば良いんだ、
    と仰っていたのを覚えています。


    >昨日、自治会の初会合だった
    私も土曜日は初めての自治会でした。
    他は60代70代ばかりで、
    今だにコロナ怖い怖いの合唱会。

    日本が変わるのは、老害を減らし、
    シルバー民主主義を転換した時だと思います。

  • #9

    ネモ (月曜日, 18 4月 2022 01:26)

    文面を読み、お二人は素敵な方だなぁと思いました。こんな爽やかなコミュニケーションが自然に取れる社会になれたら、もう争いは無くなるでしょうね。

  • #8

    かわじ (日曜日, 17 4月 2022 22:34)

    >要するに、携帯もスマホもパソコンも、所詮は「道具」、主体は「人間」。

    知人のすんごい作画スキルの高い、先輩漫画家も同じようなこと言ってましたね。
    「デジタル作画(作画ソフト&液晶タブレット使ったやつ)も、所詮は道具」であると。

    個人的には「何が主体か」を見極めれば、0か100かの極端な判断をしなくてもいいとは思います。
    ただ、断食しかり断捨離しかり、いちど離れて必要性を考えてみる、のは大事なことかも知れませんね。
    僕は仕事上デジタル環境は手放せませんが、その割合を変えることは可能だと思うし、現に
    ちょっとずつ(主にスマホ触る時間)を減らすようには努力はしてます^^;

  • #7

    アイヒマン (日曜日, 17 4月 2022 18:50)

    携帯電話網による電磁波が、昆虫の生態系に悪影響を及ぼしている可能性が指摘されている。

    昆虫の激減は長らく原因不明とされてきたが、早急に調査する必要があるだろう。5Gが整備されて昆虫が絶滅してからでは手遅れになるからだ。

    地球上の生物の大部分は昆虫であり、昆虫が絶滅すれば生態系は崩壊して人類も滅びるのかもしれない。

    安全保障や国益は、限られた分野だけあるのではなく、この世の全ての問題に国益と安全保障があるのだ。

    国民の健康や生態系や環境問題も、本質的には国家安全保障の問題なのである。

  • #6

    iowa (日曜日, 17 4月 2022 17:02)

    はいはい 携帯のせい 大いに結構
    情報網は国防網と同義です
    そのインフラの為に命を賭けて働いて、
    世界最高峰のネットワークを構築しました
    工事は危険で定期的に死者を出してます
    その我々に対する仕打ちがこれですか
    中国に引き抜かれた技術者を何人も知ってますが
    今となっては彼らは正解だったなと
    労うどころか料金下げろの圧力で
    今や工事会社は働くだけ赤字になる有様
    我々は人間じゃないんですかね?

  • #5

    わさび (日曜日, 17 4月 2022 13:51)

    わたひきさんの投稿にたいへん共感します。
    私も、携帯やPCのなかった時代に戻りたいと思うことがしばしばあります。元々デジタル機器に操られたくないという願望がありながら、人づきあいは億劫なのでコロナ禍は都合が良いと思ってました。が、ここにきて分断が進んでいると危機感を持つようになり、最近はできるだけ顔を合わせて話すことにつとめています。しかし世間は逆で、学校にはICT教育とやらが食い込みうんざりしてます。
    ケータイ持たない人、かっこいいと思います。

  • #4

    Richard Tiger (日曜日, 17 4月 2022 12:19)

    井上陽水の「傘がない」は、コロナ禍の世を反映している気がしますね〜。
    コロナなんかよりも、雨なのに傘がない事の方が、遥かに大事^_^

  • #3

    さらうどん (日曜日, 17 4月 2022 12:04)

    私は未だにガラケーですが、昔は「パケ放題」にしていて、電話以外でもネットもメールも頻繁に利用していました。
    自分の入院をきっかけに一番安いプランに戻し、それからそのまま、安いプランのままです。
    電話出来て写真が撮れれば後は要らないなと思っています。
    携帯も必要上持ってはいますが、無ければ無いでいいと思っています。
    スマホとは今のところ縁はありませんが、もし必要になって持たざるを得なくなっても、
    必要最低限のもの以外は使わずにいると思います。
    今では駅の改札でも店のレジでもスマホで支払いして、何でもかんでもスマホ、スマホですが、
    依存は人をダメにするだろうなと思って、便利さに溺れてしまわぬように警戒しています。

  • #2

    おおみや (日曜日, 17 4月 2022 10:00)

    はい、私、ケータイ&スマホ、一度も持った事がございません。このご時世で一度もマスクしてません。ですが、そこはやっぱり日本人的調和を体現しつつどんな考えであろうと理解な日々。持て、持つな、じゃ~なくって、{ま~ま~、いいじゃないのよ}
    うちの奥さんなんて、もう、諦めましたよ~。持ってる人に私のスタイルから還元してみましょ~的にリアル対面コミュニケーション炸裂な場合だって発生させてます。調和です。
    そりゃ~不便でしょうね。でも引き受けてます。将来は持つ可能性だってもちろんあります。
    コロナ論5のスマホの章なんて、(うっわ~、先生、ぶっとばしてるな~!)って心の中で大笑いさせてもらってます。おかげ様で知らずに免疫活性爆上がり、してるぞ~、きっと。

    こんなローカル&超レアケース、こんな人も居るから世の中楽しいんですわよ♡

  • #1

    殉教@中立派 (日曜日, 17 4月 2022 09:53)

    小林先生の「なんてったってスマホ」を受けた考察。まず、ネットから「情報」を得て、人とリアルで会い、話し合い、見識を深める。そして、得た「情報」を「自分の知識」へと進化させる。道場のみんなで「知識」を出し合い、「集合知→公論→輿論形成」というゴールを目指す・・・そんな、門下生の基本を思い返しておこう。現代は、そんな人同士の繋がりの「スタートライン」を、ネットが担うと思う。「ワシは書籍しか書かん」と言っていた小林先生も、後に時代に適応して、ブログを書くようになった・・という事実もお忘れなく。

    (追記)井上陽水の曲は、へヴニーズ、皿うどん氏の替え歌素材。また長尾和宏が、動画のラストソングとしても採用した。同じ考えを持つ人を引き付ける、井上陽水の魔力。恐るべし。